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コンセプトノート

370. 体験のすごさでなく、学びの深さを語る

先週は大学生の就活を支援するお立場の方と会う機会が続きました。就活の大変さについていろいろ教えていただく中で、学生の自己アピールの話題になりました。

華々しいというか、すばらしい活動をしてきた学生がいるそうです。「発展途上国で難民支援活動に参加してきました!」とか。一方で、そういう「就活で分かりやすく語れそうな体験」のない学生もいる。すると、体験をインフレさせて「○○でリーダーを務めました」なんて思い出をひねり出す。結果として、就活生のリーダー率は非常に高いとか。

それ自体は、せめられる話ではないと思います。われわれ社会人だって、転職にあたって職歴を書くときには「〜事業(←社外にも知られた成功例)の立ち上げに関わる」みたいに書きたくなるわけです。その「関わり」がごく薄いものだったとしても。

とはいえ、係長だったのに「部長でした」とは言えないように、体験インフレにも限度があります。そして「すごい体験競争」となると、上には上がいます。就活の話に戻っていえば、放浪したとか起業したとか、ユニークな体験の持ち主はたくさんいます。

では「普通」の学生は何をアピールすればいいのか。「学んだこと」でしょう。授業でも、ゼミでも、アルバイトでも、自分の時間を投じて真剣に取り組んだ体験から何を学んだのかを、語るべきでしょう。

体験から学ぶとは、何をどう考えることなのか。ここでは、体験に対する自分の感情や思考をよく掘り下げてみることを指しています。掘り下げるという作業のイメージがよく分かるリストを、『愛と癒しのコミュニオン』という本から引用します。

  • 【第1段階】客観的事実しか述べない
    話し手の思いが介在しない。感情を無視している。「失業率が10%を超えました」
  • 【第2段階】客観的事実に自分なりの評価が加わる
    客観的事実に対して自分の意見を述べる。「失業率が10%を超えるというのは困ったことだと思います」
  • 【第3段階】事実によって引き起こされる自分の内面の反応を表現する
    外部の出来事によって起こる内面の反応に注意が向けられ、感情がより明確に、豊かに表現されている。「失業率が10%を超えたと聞くと、胸が苦しくなり、せつなくなります」
  • 【第4段階】自分の内面の変化に焦点を当て、内面を洞察する
    感情の表現とともに、自分の感情を頼りに内面の問題点や危惧に目を向けている。「こういうタイプのニュースを聞いて胸が苦しくなったり、せつなくなるのは、自分の中に社会への不信感や、未来への不安が強いためかもしれません」
  • 【第5段階】内面への洞察から“気づき”がもたらされ、自分の感情を的確に把握する
    外部の事実から、自分の感情を手がかりに内面の構造までも解き明かす段階、つまり“気づき”に到達した状態。「確かに私を強く支配しているのは、不信感と不安感なんですね。人のいう通りにやっていたらきっとひどい目にあう、そういう思いが私の生きるエネルギーであり、ストッパーでもあるんです」

「心の成長」の5段階*ListFreak

第4、第5段階というのは難しく、毎日というわけにはいかないかもしれません。すくなくともわたしには難しい。ただ、われわれは見かけ上単調な毎日を送っていても、日々人間関係に疲れたりやる気を奮い起こしたり、感情はいろいろ動いています。ポジティブ側であれネガティブ側であれ感情が動くできごとがあったら、その源を考えてみることは、自分の特性を知るよい方法だと思います。

なぜこのような作業が必要なのか。およそ社会人にとって必要と定義される能力の根底には、「自分を知る」という能力が横たわっていると思うからです。自分の感情に注意を向けない人は、感情をコントロールすることもできません。自分をモチベートするものについて突き詰めて考えたことのない人は、苦しいときに自分を奮い立たせる術を持ちません。「自分をよく知っていること」こそが最強の自己アピールになるといっても過言ではないように思います。

自分をよく知るために、上記のリストのような深い問いかけをすることこそが重要であると分かると、「体験のすごさ」を求める必要もないこともまた分かってきます。たとえば「あなたをやる気にさせるものは何ですか?」という問いに答えるために、どこかですごい体験をしてくる必要はありません。必要なのは体験のすごさではなく、学びの深さなのです。