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コンセプトノート

590. 交渉の三診

交渉のスイートスポット

最近手がけるようになった交渉のトレーニングのなかに、複数の論点を組み合わせて契約をまとめる複雑な交渉の演習があります。古典落語は噺が同じだからこそ落語家の個性が味わえるように、演習も状況設定が同じだからこそ交渉の機微が味わえます。何十もの交渉に立ち会いながら、わたしも大きな学びを得ています。

交渉では、お互いに利益を享受できるような、いわばスイートスポットがあります。交渉力トレーニングの核心は、そのスイートスポットを見つけたり、必要に応じて創り出す練習にほかなりません。

同じ理論を学び、同じ状況設定で交渉をしても、スイートスポットを見つけられるペアとそうでないペアがあります。成果の違いはさまざまな要因から生まれますが、今回ピックアップしたいのは、当事者のオープンネスです。

オープンネスが高いとは、この場合「頑なでない」と言い換えていいでしょう。交渉では、お互いに相手が何にどれだけ強い関心を持っているかがわからないので、何とかして探っていかねばなりません。オープンネスが高いペアは、さまざまな質問をしたり案を出したりしながら、合意の可能性を幅広く探ります。その試行錯誤が、スイートスポットを見つける可能性を高めるのです。

ノック、ノック

特に有効と思われるのは「打診」です。これは仮説質問のかたちをとります。単純化した例をあげれば「もし納期をそちらの希望どおりに2割短くしたら、契約価格はどうなりますか?」と、論点Aについて仮の条件を置くことで論点Bへの関心を探るような質問です。この場合なんらかの回答が得られれば「納期を2割短くすることに対して相手は価格にしてこれだけの価値を感じているのだな」という情報が得られます。

質問された側からすると、回答によって手の内を明かすことになります。そこでオープンネスの低い人は「仮説に基づいた質問には答えない。自分が妥結してもよい条件だけを提示してくれ」と突っぱねます。しかしながら、まだ数少ないわたしの見聞からは、そのような警戒モードで交渉を重ねてスイートスポットを探り当てられるペアは、ほとんどいません。

高い成果を挙げるペアは、お互いに打診をし、お互いに少しずつ自らの関心や価値基準を明かしながら、合意できそうな条件を探していきます。さらに高い成果を挙げるペアは、自分が譲歩せざるを得ないような条件で打診されても、一度は付き合います。すると意外なことに、ある論点で自分が譲歩することで、「お互いの」取り分が増えるようなスポットが見つかったりするのです。譲歩と思っていた条件変更が、実は譲歩でなくWin-Winの源泉だったということです。

オープンネスの低い(頑なな)人は「これだけは譲らない」という条件を決めて交渉に臨みます。すると自分の想定内の結果は出せても、「びっくりするほどうまくいった」という結果にはなりません。

交渉の三診

このあたりでリスト好きの血が騒ぎ、打診を核に「交渉の三診」を作ってみようと思い立ちました。「打診」は具体的な仮説をぶつけて反応を探ることですが、それを含めて「問診」、つまり質問によって相手の興味を探ることも重要です。

さらにその手前には相手を観察したり傾聴したり、資料を読み込んだりする受動的な情報収集があります。これに相当する「診」を探して辞書を繰ってみると、東洋医学の診療法に「四診」というのがありました。

  • 【望(望診)】 視覚によって情報を得る。動作、顔色、舌の観察など。
  • 【聞(聞診)】 聴覚と嗅覚によって情報を得る。声、体臭、口臭など。
  • 【問(問診)】 質問によって情報を得る。病歴、自覚症状など。
  • 【切(触診)】 触覚によって情報を得る。脈を診る「脈診」、腹部を診る「腹診」など。

四診*ListFreak

ここから「望診」を借りました。

交渉の三診

  • 【望診】 観察や傾聴によって相手の情報を集める
  • 【問診】 質問によって相手の関心を探る
  • 【打診】 仮説質問や条件付き提案によって相手の価値基準を測る