互恵の輪
『GIVE & TAKE 「与える人」こそ成功する時代』の著者アダム・グラント教授は、与え合う文化を組織に作るための「互恵の輪」というアクティビティを紹介しています。
グラント教授は、互いに与え合う文化を作るために、すぐにでも適用できる技法として「互恵の輪」を挙げた。15~30人の小グループを作り、1人が何かを頼んだら、残りの人々がその場で解決策を提示するのだ。
グラント教授は「IBM、シティグループ、エスティローダーなど、多くの企業と一緒にやってみたところ、80%以上の頼み事が解決されることを確認した」と言う。(『変革の知』)
わたしも問題解決研修の一環でこれと似たアクティビティをしばしば実施していて、シンプルながら効果が高いことを実感しています。わたしの場合は5人程度の小グループを作り、1人に自分の職務上の問題を提起してもらいます。他の4人には、問題を理解するためのヒアリングをお願いします。
問題の理解にとどめて解決策を提示する必要はありませんとお伝えしますが、この指示がなかなか守られません。というのも、多くの方が「あれをやってみてはどうか」「あの人に聞いてみてはどうか」と解決のアイディアを出したがるのです。たいていは一度介入して、そう先を急がずにまずは問題を理解しましょうとお願いしなければなりません。
それほどまでにうまくいく「互恵の輪」ですが、日常の職場でそのような相互アドバイスにあふれた場を見かけることは、なかなかない気がします。これはなぜなのでしょうか。
アドバイスしたいというニーズ
あれこれ考えてみて、「互恵」という言葉にヒントがあるように感じました。互恵の輪という名は、問題解決のアイディアという恩恵を与えたりもらったりするサークルという意味で付けられていると思います。しかし、アドバイスによって発生する恩恵は、それだけではありません。
先述したエピソードのように、多くの場合は相談される側が自発的にアドバイスを始めてくれます。そこでアドバイスという行為を内発的動機づけ理論に照らして考えてみます。
- 自律性への欲求(the need for autonomy) ― 自分自身の選択で行動していると感じたい
- 有能さへの欲求(the need for competence) ― 環境と効果的にかかわり、有能感を感じたい
- 関係性への欲求(the need for relatedness) ― 他者とつながりをもち、かかわりあっていきたい
自発性(内発的動機づけ)のみなもと – *ListFreak
「互恵の輪」では、言うも言わないも自由なので、アドバイスは自律的です。自分が知っていることをそれを知らない相手に伝えるのですから、有能感も得られます。さらに相手の役に立てるわけで、関係性の欲求も満たされます。
こう考えてみると、求められてアドバイスを提供するというのは自らやりたくなる行為です。アドバイスは、その内容によって相談者に恩恵をもたらしますが、その行為自身によってアドバイザーにも(自律性・有能さ・関係性への欲求を満たすという)恩恵をもたらしているのです。
とすると、アドバイスする側の欲求に着目することで、互恵の輪を広げていくヒントが見つかりそうです。たとえば、アドバイスはしたくても結果に責任を持ちたくはないでしょう。とすると、(表現は悪いですが)無責任なアドバイスをたくさんできるような場が好ましいわけです。それを拾うか捨てるかは受け取った側次第ということにしてハードルを下げれば、行き詰まった当事者には見えなかった解決策のヒントが見えるかもしれません。結果としては「雑談の機会を増やす」といったシンプルなソリューションに帰着しそうです。ただ仕掛けはシンプルでも、注意深く運用すれば意外に効果は高いように思います。「互恵の輪」がそうであるように。