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コンセプトノート

783. 不安に先手を打つ(プロアクティブ・コーピング)

プロアクティブ・コーピング(積極的なストレス対処)

『ポジティブに生きるためには「今という瞬間に集中すること」と「将来を見据えること」の両方が重要』(Gigazine)という記事を読みました。

日々のストレスを乗り切るためには、マインドフルネスとプロアクティブ・コーピングを組み合わせることが重要だとノースカロライナ州立大学の研究チームが発表しています。

(略)

研究チームによると、マインドフルネスは「いま、この瞬間の体験に目を向けてありのまま見つめる」という心理的な過程のことで、プロアクティブ・コーピングは「将来的にストレスが発生する可能性を減らすために、計画を立てる」ことを指しています。

プロアクティブ・コーピングすなわち積極的な(ストレスへの)対処。新型コロナウィルスの感染を広げないために活動を自粛している現在は、短期的にも長期的にも「将来的にストレスが発生する可能性」が高い時期です。どんなものか知っておきたくなりました。ただ、記事にはプロアクティブ・コーピングそのものについての解説がなかったので、記事及び文献をたどりました。

ある概念を理解するには、それをどうやって測っているかを調べるのが近道。プロアクティブ・コーピングについては1999年に提唱された “Proactive Coping Inventories (PCI)” が、後年調整されているものの、定番のようです[1]。以下、主にこの論文に寄りかかって紹介していきます[2]

自主的な脅威の評価、そして自主的な目標の達成が、プロアクティブ・コーピングの核です。ストレスを受けてから対処(コーピング)するのではなく、将来ストレスをもたらしそうな何かを考え、積極的に予防していくイメージでしょうか。PCIは次の3点を特徴とすると述べられていました。

  1. 計画的および予防的な戦略と、積極的な自主管理による目標達成を統合する
  2. 積極的な自主管理による目標達成と、社会的リソースの特定・活用を統合する
  3. 自主管理による目標達成のために積極的な感情的対処を行う

そして実際には、7カテゴリ55項目の調査票を用いて自己評価方式でその度合を測ります。主要な6カテゴリについて、名称、概要、そして各カテゴリの代表的な項目(調査では各項目について賛同する度合を評価する)を訳してみました[4]

  1. 能動的コーピング (proactive coping): みずから目標を設定し、達成に向けて思考と行動を律する
    「私は、一つ目標を達成するとさらに高い目標を探すほうだ」
  2. 内省的コーピング (reflective coping): さまざまな行動の選択肢について、想定される効果の比較・ブレインストーミング・問題と持てるリソースの分析・仮説に基づいた行動計画の策定などにより、シミュレーションおよび熟考をする
    「私は、困難な問題を解決している自分を想像するほうだ」
  3. 戦略的な計画立案 (strategic planning): 広範なタスクを適切な大きさの要素に分解して目標達成のためのスケジュールを組み立てる
    「私は、計画を立てて着実に遂行するほうだ」
  4. 予防的コーピング (preventive coping):ストレス源になり得るものを予測し、それらが大きくなる前に準備を始める。
    「私は、よくない出来事に備えるほうだ」
  5. 行動面でのサポート模索 (instrumental support-seeking):ストレス源の対処にあたって、人とのネットワークを活かしてアドバイス・情報・フィードバックを得る
    「自分の問題を解決するとき、他人のアドバイスは助けになる」
  6. 情緒面でのサポート模索 (emotional support-seeking):他者に感情を開示し、共感を呼び起こし、人付き合いを求めることにより、一時的な感情の苦痛を調整する
    「落ち込んだとき、気持ちを上向かせるために話せる人がいる」

自分なりに意味づけた、具体的な行動が不安への対処になる

訳していくと、わたしはいかにもスコアが低そうで「情緒面でのサポートを模索」したくなりましたが、それはさておき。

論文の発表から20年以上が経っており、項目同士の独立性の検証や、こういった対処行動と精神的な健康との関係など、研究は派生しています。ただ、プロアクティブ・コーピングという概念を知るという目的は達成できたので追いかけるのは止めて、この論文に書かれている範囲で、なぜこういった行動が有益なのかを考えてみようと思います。

そのヒントが、先ほど訳出を省略した7つめのカテゴリにありそうなので、あらためて訳してみます。それは、プロアクティブではない対処を測るものでした。

  1. 待避的コーピング (avoidance coping):厳しい状況で、引き延ばしによって行動を避ける
    「私は、問題が起きると解決を先延ばしにするほうだ」

実際問題、先延ばしにすることで問題が解決ないし解消することもあるので、解決方法として最悪とは言えません。ただし不安は、その問題がなくなるまで解消されないでしょう。

一方で、先述の6カテゴリを見ていくと、特に前4カテゴリは、組織の戦略立案から実行計画の策定そのもののように思えます。

将来の不安を言葉にし、それが解消された状態を目標とし、その達成に向けて計画を立て、淡々と行動していく。結果として報われるかどうかはわかりませんが、少なくともそのプロセスが不安を減じる効果を生むのでしょう。

自主的な目標に向かう過程にあるのが今・ここにいる自分であると位置づけられれば、思考が将来の不安にさまよい出すことが減ります。それはマインドフルネスであることをより容易にするでしょう。冒頭の研究結果にも得心がいきます。

ここまで書いて、2週間ほど前にやった作業を思い出しました。ひさしぶりにフィナンシャルプランを見直したのです。人生100年時代といいますから一応100まで列を用意して、各年の収入・支出・資産を見積もり、それを基に現在のアセットアロケーションを検討します。

初めてプランを作ってみたのは30歳台前半で、ベンチャー企業の立ち上げに参画していたので、やはり大きな不安の中にあったことを思い出しました。結局清算になってしまったので、不安は的中したわけですが。ただ振り返ってみれば、その備えが功を奏しました。

いままた、社会も自分も大きな不安の中にあります。当時と同じように、不安の中身を見極めようと半ば自然に手が動いていたのだと思い至りました。もちろん結果がどうなるかはわからないものの、今日・明日やることが見えたことで不安が減じたのはたしかです。


[1] Greenglass, Esther, et al. “The proactive coping inventory (PCI): A multidimensional research instrument.” 20th International Conference of the Stress and Anxiety Research Society (STAR), Cracow, Poland. Vol. 12. 1999.

[2] PCIについては日本語版[3]も作成されており、また定着した和訳もありますが、本ノートでは敢えて独自に訳し直した言葉を使っています。

[3] 川島一晃. “困難状況を個人の成長に結びつける対処に関する基礎的研究–Proactive Coping Inventory 日本語版 (PCI-J) における信頼性・妥当性の検討.” 心理臨床学研究 28.2 (2010): 184-195.

[4] 一部の用語は[3]からの引用です。

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