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コンセプトノート

440. 一次感情と二次感情

感情のマネジメント力を高めるために使えそうなトレーニングを探していて、弁証法的行動療法(DBT)という心理療法に行き当たりました。解説書によれば「感情調節機能不全(自分の感情の調節がうまくできずに困った状態になってしまうこと)の人たちのための治療法」として開発されたそうです(1)。その中で、一次感情と二次感情という、とても分かりやすい言葉を目にしました。すこし長いですが、たとえつきで引用します。

簡単に言うと、感情とは、何が起きているかということを知らせてくれる身体の中の信号です。(略)起きていることに対する皆さんの最初の反応は、一次感情 (primary emotion) と呼ばれています。これらは、即座に出てくる強い気持ちのことで、起きていることについて考える必要性を伴わずに生じます。(略)しかし、一次感情を経験することに加えて、二次感情 (secondary emotion) を経験する可能性もあります。これらは、一次感情に対する感情的反応です。あるいは、別の言い方をすれば、二次感情とは、自分の気持ちについての気持ちです。わかりやすい例を挙げてみましょう。V夫さんは、自分が怒るようなことを妹にされたので、彼女を怒鳴りました。彼の怒りの気持ちは非常に素早くやってきました。しかし、少し後になって、彼は彼女に対してそんなに怒ってしまったことについて後ろめたさを感じました。怒りは彼の一次感情であり、後ろめたさは二次感情だったのです。

わたしの理解では、これらは学術用語というより、一般人に感情の構造について理解を促すために考案された概念です(2)

起きていることに対して即座に出てくる強い気持ちが一次の感情。それに加えて、自分の気持ちについての気持ち、つまり二次の感情を持つことがある。これは経験に照らして分かりやすい整理ですし、情動と感情の違いは何かといった言葉自体の難しさがありません。メタ認知になぞらえてメタ感情と呼んでもよいような考え方ですが、やはり一次と二次のほうがわかりやすいですね。

感情マネジメントにとって役立ちそうなのは、われわれを圧倒し混乱させる感情の津波は「二次感情」であるという洞察です。そして「二次的な感情反応をコントロールすることは習得可能であるという希望があります」と著者は述べています(3)

ではどのように習得すればよいのか。やはりスタートは、自分の感情に気づくことからはじまっています。以前に、感情に名前を付けていく(言語化していく)手法(ラベリング)をご紹介しました。この効用は、一次感情に名前を付けて客観視することで二次感情の連鎖反応が起きるのを防ぐことと解釈できそうです。

講義中に厳しい口調でご質問をいただいたことがありました。ここぞとばかりにラベリングをしてうまく対応したつもりでしたが、後日その場にいた別の参加者が「堀内さん、あのときは顔色が変わっていましたよ」と教えてくれました。まあ、一次感情が出るのも修行中らしくてよいと思うことにします。


(1) Matthew McKay 他 『弁証法的行動療法 実践トレーニングブック‐自分の感情とよりうまくつきあってゆくために‐』(星和書店、2011年)。カッコ部分は「訳者によるまえがき」からの引用です。

(2) 似て非なる言葉として、アントニオ・ダマシオは『デカルトの誤り』で一次の情動と二次の情動という概念を導入しています。一次の情動は有機体に生得的に備わった情動で、二次の情動は経験によって後天的に獲得された情動です。

(3) 一次感情の反応についても、トレーニングを積めばコントロールできるようになると述べています。