なつかしの「バス停問題」
先日、拙著『クリエイティブ・チョイス』を題材にしたセミナーに登壇しました。ニュース記事などから拾ってきたクリエイティブな選択を小さなクイズに仕立てて、それを解きながら『「創造的な選択」の4つの原則』を学ぼうという趣向です。
表紙の袖に紹介したクイズ「バス停問題」も混ぜておきました。
あなたは暴風雨の中、車を運転しています。バスの停留所に差し掛かったとき、三人の人がバスを待っているのが見えました。
- 危篤らしい老婦人
- かつてあなたの命を救ってくれた旧友
- あなたが夢にまで見た完璧なパートナー
あなたの車にはあと一人しか乗せることができません。だれを乗せますか?
14人の参加者に「1を選ぶ人?」「2?」と聞いていきます。Aさんは手を挙げそびれた様子。
堀「どれでもない、という方?」
A「定員以上乗せてはダメですか?」
他「法律違反でしょ」
A「でも暴風雨だし、取り締まりもないでしょう」
他「2人乗りに4人も乗ったら運転できないよ」
A「運転しなくても、雨風をしのげるのでは?」
堀「なるほど、テントの代わりに使うということですね」
B「自分が降りるのはダメですか?」
堀「別にいいですよ」
B「では旧友に運転してもらって、全員乗せて、自分はバスを待つ」
他「それでも一人あふれるじゃないか」
B「いや、老婦人は近くの病院で降ろす。それまでの間は大目に見てもらう」
C「あ、旧友に老婦人をお願いしてパートナーと一緒にバスを待つのは?」
他「いいね、それ!」
創発に必要な要素
こうでなければ間違いというクイズではありませんが、Cさんが到達したのは『クリエイティブ・チョイス』で紹介した解答例そのものです。
わずか1分ほどのやりとりから、グループで創造的に考えるための、多くの学びが得られました。
ルールからの逸脱を含めて、あらゆる可能性を探ること。最終的に皆が認めたCさんの案は合法ですが、最初のAさんの案は「緊急時だしルール違反でもいいじゃないか」という精神に基づいていました。その叩き台がなければ、Cさんの案は出なかったでしょう。
思いつきを口にしてみること。他の全員がクイズを三者択一の問題として捉えていた中で、Aさんの「定員以上乗せてはダメですか?」という問いからすべてが始まりました。
他人のアイディアに乗っかること。Bさんは、一度は「老婦人を乗せる」に手を挙げたものの、Aさんの質問から始まった会話を聞いて、新しい選択肢を模索しはじめました。一度決めたことに安住せず考え直すのは知的体力を要する作業ですが、BさんがAさんの発想を引き継いで会話を広げてくれなければ、Cさんの案は出なかったでしょう。
逸脱というスキル
特に、Aさんが素直に「(こんな状況なのに)定員を守るべきなのか」という問いかけは新鮮でした。バリー・シュワルツは『知恵』で、ルールへの盲信が実践的な知恵の発揮を阻害するメカニズムを詳説しています。印象的なTEDトーク「知恵の喪失」ではアリストテレスを引用して、実践知とは倫理的な意志と技術の組み合わせであると述べています。
社会道徳や規範、ルールを尊重しつつ、その場の状況に即して最善の行動を模索する。「ルールがそうなっているから」と思考停止せず、目的にかなった手段を粘り強く探る。それが、実践的な知恵に必要な思考態度なのだと思います。