人は独りで考える動物にあらず
よく考えて決めるためにはパートナーが必要、という記事を見かけました。アル・ピタンパリの「アルバート・アインシュタイン、ウォーレン・バフェット、マイケル・クライトンが困難な問題を解決した秘訣:シンキング・パートナー」という記事から引用します。
思考 ~われわれが問題を解決し、よりよい意思決定を行うためにずっとやってきたこと~ は独りでするために設計されたことはない、とSperberとMercierは主張している。思考はパートナーとするように設計されたのだ。
(引用者注:SperberとMercierはフランスの認知科学者)
独りで考えると、思考のバイアス、とりわけ確証バイアスが強く働きます。確証バイアスは自分の信念を強める事実や意見を重視する一方で、そうでない事実や意見を軽視する心理的傾向のこと。
そのため、たとえ正しい決め方を選んでも結果が歪んでしまいます。例えば車好きな人が車を買い換えたくなってしまうと、メリットとデメリットをリストアップして冷静に判断しようとしても、どうしても買い換えのメリットが多く浮かんでくる、といったことです。
一方で、車に興味のない伴侶が同じリストを作ると、買い換えるデメリットの方が多く挙がるでしょう。どちらも偏っているのです。
確証バイアスは、独りでものを考えたり決めたりする際には判断を歪めてしまいますが、2人が力を合わせるときには、「強み」に転化します。お互いに相手が思いつけないようなメリット・デメリットを供給し合えるからです。
例えば、4色カード問題あるいはウェイソン選択課題として知られる論理的推論のテストは、個人での正答率は10%ですが、グループでは80%に急上昇するそうです。
そのような結果を踏まえ、著者が引いた論文では、人間の推論(reasoning) は議論を前提とした機能(argumentative function) として発達してきた、という仮説を提示しています。
シンキング・パートナーは希少種
他者に相談するというだけであれば、われわれが日常的にやっていることです。ただもう一段二段難しい領域があると、著者は述べています。
確かに、一緒に考えることは新しい考えではない。難しい決定について話すために、友人や同僚に連絡を取ったことのない人はいないだろう。しかし、現実的に、どのくらいの頻度でそれをやっているだろうか? そしてもっと重要なのは、それをやろうとするとき、自分に同意しないだろう人に実際に話しているだろうか?
(略)
他者との議論がもたらす素晴らしいパワーを利用したいと思うなら、正直で、知的な論争に喜んで付き合ってくれる能力のある、稀少な人たちを見つける必要がある。
難しい決定はおそらく複雑な決定でしょう。それを一緒に粘り強く考えてくれ、かつ必要に応じて反対意見を表明して議論を戦わせてくれる。たしかに稀少な存在です。
著者はアインシュタイン(科学者)、バフェット(実業家)、クライトン(作家)など、そのような稀少なシンキング・パートナーと一緒に思考を深めて大きな成果を挙げてきた人たちの例を挙げ、こう続けています。
偉大な精神の持ち主は、シンキング・パートナーを強みとして、困難な問題を解決し、重要な決定を下してきた。 しかし、この関係を機能させることは、見た目ほど簡単ではない。 ほとんどの人々に欠けている2つの特質が必要だ。
謙虚さと勇気、そして尊重
一つは謙虚さ(humility) です。シンキング・パートナーを見つけて機能させられた人たちは、互いの不完全さをよく認識し、自分の誤りについて相手からの指摘を受け容れる謙虚さを持っています。「瓶の中にいる人は瓶のラベルを読むことはできない」ということわざが示すとおりだとありました。気の利いた言い回しですが、これは原語を検索しても見つからず。
もう一つ、さらに重要なのが勇気(guts)です。自分が惚れ込んだアイディアを、捨てる勇気を持てるか。著者は、別のところで ”Argue and let the best idea win” という印象的な表現を使っていました。「議論し、最善のアイディアを採れ」。それが誰のものかにはこだわらず、アイディアの質(だけ)に注目しようというのは、よいアドバイスのように思われます。
三つ組好きなので敢えて一つ加えるとすると、自分に対して謙虚さを示すのみならず、相手を積極的に尊重(respect)することでしょうか。
謙虚さと勇気を備えた人格者でなければシンキング・パートナーは持てないのかといえば、そうではないでしょう。また、謙虚さと勇気を備えた二人組は誰でもシンキング・パートナーになれるかといえば、それも違いそうです。
おそらくは、この人だから謙虚になれる・勇気が持てるといった、いわく言いがたい相性のようなものがあり、それがその二人組をシンキング・パートナーたらしめるのでしょう。その稀少さに気がついたからこそ相互の尊重が育ち、長期にわたるパートナーシップの支えになっているのではないか。記事の事例をそんな視点でじっくり読み返してみようと思います。