ニュートン自身はそれを「創造的休暇」と呼んでいなかったとしても
ニュートンが万有引力の発見をしたのは、ペストのせいで2年間も家にこもっていた時期だった。新型コロナウィルスの蔓延を防ぐために外出の自粛が求められている昨今、そういった記事を見かけます。
1665年、腺ペストの流行で大学が一時休校となり、ニュートンはリンカーンシャーの実家に戻って2年間を過した。落ちるリンゴを見てひらめいたのはこの時で、後にニュートンはこの期間を“創造的休暇”と呼んでいる。
アイザック・ニュートン、業績と人物 | ナショナルジオグラフィック日本版サイト (元記事)
「創造的休暇」は、元記事では “the prime of my age for invention”。わが人生における創案の最盛期。ずいぶんニュアンスが違います。ニュートン自身の言葉を確かめたくて一次ソースを探してみました。
彼が学び、後に教鞭を執ったケンブリッジ大学が研究ノートを公開しています。少々苦労しましたが手記の該当箇所を見つけました。
ニュートンはこの時期の業績を列挙したのち、このように書いています。
All this was in the two plague years of 1665 and 1666, for in those days I was in the prime of my age for invention, and minded mathematics and philosophy more then at any time since.
これらはすべて、1665年と1666年の疫病の年だった。当時、私は創案において最盛期にあり、以降のどの時期よりも数学と哲学のことを考えていた。
Westfall, Richard S., and Samuel Devons. “Never at rest: A biography of Isaac Newton.” (1981): 143. 太字および和訳は引用者による。文中の then を than と読み替えた。
ちなみに、数学・運動物理学・光学分野におけるニュートンの功績は1666年に集中しており、このように短い期間の間に集中的に高い成果がもたらされた事象には annus mirabilis というラテン語が充てられています。奇跡の年、とでも訳せるでしょうか。検索の過程でこの言葉にぶつかり、ニュートンの主著『プリンキピア』もラテン語で書かれたのだから、“創造的休暇”のオリジナルもラテン語だったかもしれない、と思ったのも原典を探すきっかけでした。
結局、ニュートンはこの2年間を「創造的休暇」とは呼んでいないようで、かなり「創造的な」和訳ということになります。ただし、本人が名付けたのではないとしても、適切なラベリングであることには変わりありません。
この言葉を最初に使ったのが誰かは追い切れませんでした。調べた限りでは、1994年に出版された『天才の勉強術』(木原 武一、新潮選書)に、「たぶんこれほど創造的な休暇はほかになかろう」という記述があるようです。
「中だるみ」は避けられない
この時期、多忙な方も活動を制約されている方もいますが、わたし自身は後者です。そこで、外出を自粛せざるを得ないことによって生み出された期間をどう使い得るか、ダニエル・ピンクの『When 完璧なタイミングを科学する』を参考に考えてみます。
本書は「いつやるか?」(When To) についてのハウツー(How To、どうやるか)本です。一日のなかでの気分や認知力の変化、プロジェクトや人生にある「中だるみ」の存在、◯歳代の終わりから人生の終わりにいたるまでの「終末」感が人に及ぼす影響など、タイミングにまつわる学術研究を引用しつつタイム・ハックをまとめています。
注意を引かれたのは、「中間地点――中だるみと中年の危機の科学」と題された第4章でした。年齢と幸福度の関係をグラフにすると、50歳の前半あたりを底としたゆるやかなU字になるそうです。この傾向は複数の調査で確認されており、もっとも大規模な調査では「72ヵ国の幸福度または人生の満足度において、統計的に有意なU字型を示した」とのこと(引用元の調査については本書を参照)。
中年になると先が見えてきて……といった社会学的な解釈も可能ですが、著者によれば類人猿の幸福度も似た曲線を描くとのこと(測定方法や論文については本書を参照。類人猿のポジティブ感情を測定する手法は確立されているそうです)。
さらには、数日間にわたる宗教的行為から数十分で終わる事務作業にいたるまで、中盤で意欲が下がる現象は普遍的に見られるそうです。この「中だるみ」について著者はこう言っています。
個人が意図的にそうするというよりも、中盤は、何か不思議な力が支配する。釣鐘曲線が自然の秩序を示すように、U字型曲線は何か別のものを示している。
人生の中だるみ期を乗り越えるきっかけとしての創造的休暇
この章に注意を引かれたのは、わたし自身が中だるみ期にあるからです。年齢的にそうだというだけで自覚はないのですが、長期的な傾向というのは後から振り返ってみなければわからないものです。中だるみの法則に普遍性があるなら、自分はそれから逃れていると考えるのも不合理でしょう。
プロジェクトやゲームなど、ゴールに向かう過程の中だるみに対するピンク氏のアドバイスは3つあります。まず、中間地点にいると意識すること。次に、その自覚を「おっと大変だ」と目を覚ます機会として用いること。最後に、少し後れを取っていると考えてみること(前半戦で惜敗しているチームは逆転する確率が高い)。
人生全体の中だるみについては、「中年のスランプに立ち向かう5つの方法」が紹介されていました。本文の要約を付けて引用します。
- 目標に優先順位をつける …… ウォーレン・バフェットは、25の人生目標を掲げたうえで20を明示的に捨て、最重要として残した5目標に集中せよとアドバイスした
- ミッドキャリア層のためのメンターシップを導入する …… 助言者の存在は、新人時代だけでなくキャリアを通じて有益だ
- ポジティブな出来事を頭の中から取り除く …… これまでの幸運なできごとがすべて起きなかったらと考えると、逆説的に自分の幸運に気づく
- 自分を思いやる短い文章を書く …… 人は他人を思いやるほうが得意なので、自分を他人とみなして短い文章を贈る
- 待つ …… スランプとは風邪のようなもの。何もしないことが最善の行動である場合もある
どれも、何もしないことを含めて、この機会にできることです。annus mirabilis(奇跡の年)にはならないかもしれませんが、中だるみを自覚できたり、そうであったとして対処できたとすれば、後年、あれは創造的休暇だったと振り返れると思います。