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コンセプトノート

496. すでに持っているものを望む (wanting what you get)

幸福のコツは、新しい喜びを求めつつ、手にしているものに感謝すること

宝くじで大金が当たっても、その幸せは長く続かない。事故で回復不能な傷を負っても、その悲しみからやがて立ち直る。そういった事象から、人間の感情レベルには一定の設定値(Hedonic Set Point)があり、プラスまたはマイナスに大きく振れることがあっても、やがてその設定値に回帰していくと考えられています。

このふるまいは、あたかも一定の温度を保つサーモスタットのようです(こういった心理を解説しているWikipediaの”Hedonic treadmill“というページには、サーモスタットの写真が載っています)。であれば、その設定値を引き上げられないか、というのがポジティブ心理学の興味の一つです。実にアメリカンな発想ですよね。実際、ITや経済学での貢献をみれば、こういったモデルやフレームワークづくりに関してはアメリカが抜きん出て強いことがわかります。

それはさておき、その設定値を上げるコツは2つの諺に集約されるという記事を読みました(1)。やはりアメリカの大学による研究成果の紹介記事です。諺の部分だけ訳してみました。

変化は人生のスパイス。
Variety is the spice of life.
作者不詳

成功とは、望むものを手にすること。幸福とは、手にあるものを望むこと。
Success is getting what you want. Happiness is wanting what you get.
デール・カーネギー

外からの刺激によって人間の感情は動くが、やがて戻ってしまう。ということは、新鮮かつポジティブな気持ちになれるような経験を常にすればよい。これがコツの一つめ「変化は人生のスパイス」です。超当たり前!ですね。ちなみに二つめは、すでに手にしているものに感謝し、それを慈しむことです。これもよくある話です。

ここで「結局目新しい知見はないのか」とがっかりしてしまうと、2つめのコツに反することになってしまいます。既に手にしているものに感謝する気持ちをもって、これらのコツを眺めてみましょう。

良いフレームワークは往々にしてシンプルなものです。幸福のコツはこの2つで必要十分でありそれ以外にはないというのであれば、われわれはすでに幸福になる方法を知っているわけで、あとは実践あるのみということになります。この二者はうまい具合に拮抗しているので、快楽主義にも自己満足にも陥らないあり方を教えてくれそうです。

すでに持っているものを、あえて望めるか

ところでカーネギーの言葉とされる”Happiness is wanting what you get.”は、この記事の解釈よりもう少し深いところを突いているように思えます。

そう思わせるのは、すでに持っているものに満足する(satisfying)とか感謝する(appreciating)のではなく、欲する(wanting)という言葉の選択です。単純に前の一文と調子を合わせたという解釈もできますが、あえて深読みをしてみたいと思います。

wantといえば、今持っていないものを望む・欲するという意味です。つまり、すでに手にしているものを、一度それがないかのように思い、望み直す。そのプロセスをはさんでなお欲しいと思えるのなら、実際にそれを手にしていることへの感謝や充足感がより強くなるという意味がこめられているのはないでしょうか。

want what you get、持っているものをもう一度欲しがるということは、つまり「選び直す」ということです。ここまで敷衍して初めて、以前に書いた『やる気を見つけるために、現状を「選び直す」』というノートを思い出しました。このノートで書いたのは、「選び直す」というツールは自主性を取り戻すために使えるということです。

選び直しは『過去に引きずられないためにも「選び直す」』で紹介したように現状維持バイアスから逃れるための心理学的な方策でもあります。前回の『現在は過去か未来か』では、そういったアプローチが古代ローマから採用されていたことを学びました。

今回学んだことによれば、「選び直す」エクササイズは幸福のコツのようでもあります。ちょっと解釈を重ねすぎたきらいもあるので、後日に立ち戻り、選び直してみたいと思います。

「選び直す」ためには、手にしているものをあたかも手にしていなかったかのように見つめる努力が必要です。この作業はいつもわたしに禅の「初心」という言葉を想い起こさせます。こんな素晴らしい言葉もきっとポジティブ心理学が旺盛に取り込んでいくことでしょう。


(1) Timothy Wall, “Happiness Model Developed by MU Researcher Could Help People Go From Good to Great” (2012) MU News Bureau.