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コンセプトノート

537. 「息つく暇」のつくり方

テロリストを前に、まずすべきこと

 ロンドンの警察の新人研修で、「混みあった地下鉄に乗っているときにテロリストを発見してしまった場合、まずどうするべきか?」という質問があります。
 毎年、「大きな声を出す」「乗客を床に伏せさせる」「銃で撃つ」など、いろいろな答えが出るそうですが、たいてい全員不正解です。

まさに「その場力」が試されるシーンで、わたしとしてはこんなときにこそ”SOS”トレーニングの成果が表れるといいなと思います。これほど緊張を強いられる場面では、きっと無理でしょうが……。

  • Stop(止まる)】一拍置いて情動をやり過ごす。感情にまかせて反応しない
  • Observe(観察する)】状況・自他の感情を観察し、隠れた意図や要求を考える
  • Select(選択する)】目的を考慮し、最善の行動を選ぶ

動揺を切り抜けるための”SOS”*ListFreak

冒頭の引用文は、マーティン・ニューマン『パーソナル・インパクト 「印象」を演出する、最強のプレゼン術』からの引用です。ニューマン氏は2020年の東京オリンピック招致活動でプレゼンテーション・コーチを務めた方とのこと。続く文章も引用します。

 正解は「深呼吸をする」です。
 まず脳に酸素を送ることが最優先ということです。急を要すとき、重要な判断が迫られるときだからこそ「深呼吸」です。(略)呼吸することで気持ちを落ち着かせ、最善の判断ができるのです。

なるほど、ですよね。Stopという回答も悪くありませんが、なんとなくただフリーズするみたいでもあります。一拍置くというのは、実際には「一呼吸入れる」ことが多いので、今回はその場で一拍置く際の呼吸の入れ方についての経験をまとめてみたいと思います。

地下鉄でテロリストに遭遇するケースはかなりレアなので、以降は会議で突然厳しい質問が自分に向けられるようなケースを想定していきます。

“深”呼吸でなくても、一呼吸入れる

ニューマン氏は深呼吸すべき理由として、脳に酸素を送ることと気持ちを落ち着かせることの2つを挙げています。仕事や生活の場で一拍置くための一呼吸として重要なのは後者、つまり情動をやり過ごす時間をつくり出すことなので、「深い」呼吸は必ずしも必要ないと思います。実際問題として、質問を受けるたびに深呼吸をしていたら、相手も怪訝に思うでしょう。

※ちなみに前者の理由、「脳に酸素を送ることが最優先」だから深呼吸すべきという部分については、すこし疑わしく感じます。深呼吸一つで脳への酸素運搬量がどれほど増えるのか、それが認知活動の向上にどれほど寄与するのか、検証情報がほしいところですね。もう一つだけ寄り道をすると、テロリストに遭遇したような緊迫した状況では、パニックに陥り過呼吸(過換気)になってしまうケースがありそうです。そうすると深呼吸は逆効果になるかもしれません。

会議や講義のファシリテーションをしていると、息つく暇もない言葉の応酬に立ち会うことがあります。なぜ言葉が途切れずに行き交うのかといえば、お互いに相手が話している最中に何を言い返すかを考えているからです。最初は話が終わった瞬間に「打ち返す」、やがて息を継いだ瞬間に「割り込む」、最後はとにかく「遮る」……ここまでくると、会話というよりはただの言い合いになってしまいます。文字通り、「息つく暇」が必要なのです。

第三者として場を観察しているときにはそのような状況がつかめますが、自分が当事者となって「参戦」しているときに一拍置く(=一呼吸入れる)のは、難しいものです。わたしの限られた実践経験からではありますが、二つのコツをお伝えできます。

一呼吸入れるコツ

一つめは、以前に紹介した「気づきの鐘」が効果的なエクササイズであるということ。これは、要するに呼吸を入れるトリガー(引き金)を決めるということです。気づきの鐘は文字通り鐘の音のような物理的な刺激をトリガーにしますが、「ムッときた」といった、特定の情動状態もトリガーにすることができます。

たとえば、先に挙げたような、話し合いが激しい言い合いにエスカレートしていくときにも、特有の情動が立ちのぼってきます。口ゲンカに発展したような会話の経験を思い出してみてください。ああこれはまずい方向に行っているなという「感じ」(情動シグナル)を受け取っていたことが多いのではないでしょうか。その「感じ」に気づければ、一呼吸入れるトリガーを手に入れたことになります。

二つめは、ケースバイケースではありますが、「吸って吐く」より「吐いて吸う」ほうがうまくいくシーンも多いこと。

背中を丸めて仕事をしていたときに「鐘」が鳴ったようなときには、反射的に息を吸っています。息を吸って我に返り、息を吐いて落ち着くという感じです。

これが会議など会話の場となると、「吸ってから吐く」のはうまくいかないケースが多いように思います。息を吸って吐く様子を外から見ていると、いかにも「一呼吸入れています」という感じがします。そうやって会話の調子を整えようとしているところを相手と共有することが効果的な場合もありますが、動揺をこらえているように思われてマイナスにはたらく場合もあるでしょう。

また、話すときには息を吐きます。そのため吸うことから始めてしまうと、吸って・吐いて・吸って・話すというように、事実上1.5呼吸を入れるか、吸って・話すというように0.5呼吸で済ませなければなりません。実際に試してみてほしいのですが、どちらもうまくリズムが作れません。

「吐いて吸う」ですと、うなずきながら息を吐き、おもむろに一息吸ってから、声を発することができます。個人の好みもありますが、私にとってはこちらがスムーズです。

息を吐くときには副交感神経が優位になる(リラックスする)といいます。一呼吸入れる程度では、先の酸素の話と同じで生理学的な効果をすぐに期待するのは難しいですが、会話の中で息を吐くことを意識していれば、エキサイトしすぎてしまうことから身を防げそうです。

おまけ。「息をつく」を漢字で書けば「息を吐く」です。面白いことに「息吸う暇もない」とは言いません。「息吐く暇もない」状態に陥らないためには意識して息を吐けという知恵が、ここにあるのかもしれません。