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コンセプトノート

525. 心理的な亀裂とのつきあい

結婚前から生じていた亀裂

離婚会見で語ったのは、結婚前の小さな亀裂。そんな印象を受けました。

2014年5月28日、政党「日本維新の会」の共同代表を務める石原慎太郎氏が、もう一人の共同代表である橋下徹氏に分党を申し入れたというニュースが流れました。石原氏は2012年11月17日に「日本維新の会」代表に就いていますので、1年半での分党です。

翌29日の会見で石原氏は、合流直前の11月3日に政党「たちあがれ日本」の代表である平沼赳夫氏らとともに4人で京都に赴き、橋下氏らと行った会談の思い出を語りました。

(略)小さな亀裂がその4人の、橋下さんとの会談の中にありました。

その時、橋下さんがはっきりと、「私たちが必要としているのは、石原さん一人で、平沼さんたちは必要がない」ということを(言った)。

ずいぶん思い切ったことをいうなあと、私はハラハラしたんですが、平沼さんはですね、先のことを考えて本当に、我慢をしてくれました。

(略)そのときの心理的な亀裂とういうものがずっと、尾を引いていろんな形になったことは、私は否めないと思います

【維新分党】《石原慎太郎共同代表会見全文(1)》 – MSN産経ニュース

氏が声明で語った分党の公式な理由は、橋下氏がめざす「結いの党」との合流への反発です。それと関係のない思い出を語っても、氏にとってプラスになるとは思えません。むしろ「それならそもそも結党すべきでなかった、読みが甘かった」といった批判の余地を与えます。

それでも、言及せざるにはいられなかった。それだけ「心理的な亀裂」が深かったということでしょう。「ずっと、尾を引いていろんな形になった」という言葉は、氏がわだかまりを感じ続けていたことを示しています。この老練な政治家にしてなお、割り切って解決、というわけにはいかないことがあるのです。感情のマネジメントは一生の取り組みなのだと、あらためて思い知らされるニュースでした。

誰にでも、亀裂というほどではなくとも、わだかまりを感じながら付き合っている人がいると思います。もちろんわたしもそうです。そして、亀裂を感じるなら最初から付き合わなければいいとか、付き合うと決めたのなら「心理的な亀裂」など無視すればいい、と言えるほど単純な人間関係ばかりでもありません。

考えやすいように状況を設定してみます。あなたの長年の優良顧客である企業の担当者が変わったとします。ごあいさつに行くと、「私は費用対効果だけを見て業者を選びますから覚悟してください」との一言。正論ではあるものの、上から目線で冷淡な感じがいかにも「威張り屋バイヤー」です。さて、どう付き合っていけばいいか……。

意図をたしかめる

まずできることは、発言の意図をたしかめること。われわれが相手の言動から想像する意図と当人の意図とは、しばしば大きく食い違います。新担当者はあなたより業務知識も経験も浅いことから、なめられてしまうのではという不安を感じており、それが虚勢を張ったような言動になっただけかもしれません。もしそうであれば、相手を尊重していくことで亀裂は解消できそうです。

実は冒頭の例でも、橋下氏は「平沼さんたちは必要がない」という発言は、「石原氏の周辺のベテラン勢」から受けた先制攻撃へのカウンターアタックだったと述べています。

大阪市役所での会見中に記者からその内容を聞かされた橋下氏は「(当時)石原氏の周辺のベテラン勢の方が、僕に対していろんなことを言っていると聞いたので、僕だって言い返さないといけなかった」と述べた。

【維新分党・会見詳報(下)】橋下氏、石原氏「亀裂は最初から」発言にがく然

橋下氏にしてみれば、自分が代表を務める党に、自分の親世代の、それも政府与党で長年活躍していた政治家達を引き入れてまとめていこうとしていたわけです。なめられないよう「言い返さないといけなかった」と感じたのは無理もないことでしょう。もし石原氏が観察あるいは対話によって、橋下氏のそのような意図を酌み取れていたならば、亀裂は小さいうちに埋まっていたかもしれません。
※本ノートは、実際の会談における橋下氏の真の意図や、それについての石原氏の理解を推理しようとするものではありません。わだかまりのある相手とどう付き合っていくかを考える肴として、ニュース記事の表面的な発言を借りているだけです。

情動を分析する

次にできそうなのは、情動の声を聞き、原因分析を行うこと。発言の意図をたしかめてもやっぱり「威張り屋バイヤー」という印象は変わらなかったとします。そういう相手とは、メールや電話でやり取りをするたびに、ネガティブな情動がくり返し意識に上ってきます。

EQの六つの基本原則」によれば、情動は無視したり抑えたりしようとしても、うまくいかないもの。情動は、無視や抑制でなく活用をめざすべきというEQ理論の概念に則り、その情動が生じた理由を考え、適切な行動を選ぶように努める。それが自分になし得る最善のことのように思います。

ここから先は、不安・怒り・嫌悪・恐怖など、何を感じるかによって対処も変わってきます。威張り屋バイヤーの事例では、相手の言動にムッときたならば、それが自分の自尊心が脅かされたからなのか、それ以上のものがあるのかを探るのが重要でしょう。前者であれば自分の受けとめ方の問題として解決できますが、ビジネスポリシーの違いであれば、袂を分かつという決断を考えなければなりません。

そういえばかつて、提案を依頼されてお断りしたことを思い出しました。Aというテーマで研修を実施した企業から、Bというテーマでもやってくれないかと言われました。お話をうかがってみると「いまBをやってくれている業者が高いので……」とのこと。モヤッという情動が沸き起こりました。安い業者と思われた(=自尊心が脅かされた)のも原因ですが、価格から交渉を始めるお客様と良い仕事ができたためしがないという、経験データベースからの警報が原因でもあります。それからAのテーマを実施する際のやり取りもよく思いだし、結局、こちらから何もアクションを起こさないことで、結果的にお断りをしました。

冒頭の例に戻ります。考えてみると、石原氏が党を分かつ理由として挙げた「第三党の合流」と、結党前の「平沼不要発言」には、共通点があります。それは石原氏に「自分が大事にしているものを軽んじられた」という思いをさせる経験だということです。

氏が重視する政治的テーマで合意できそうにない第三党が仲間に加わることになったとき、以前から感じていた、会見で「心理的な亀裂」と呼んでいた情動が呼び起こされました。われわれはある状況に置かれると、意識下にある経験データベースをパターン検索し、その結果を情動として意識に知らせます。つまり、過去に似た状況で似た感情を味わう結果になったという経験があるのです。その源となった経験を探っていくと、結党前の会談に行き着いたということなのでしょう。

そう考えると、第三党の合流というイベントだけが分党の理由ではなく、結党前の会談から積み重なってきた亀裂が今回閾値を超えたと理解するほうが妥当なように思えます。氏がこれまでの経験とその帰結を未来に敷衍したとき、同じ組織でやっていくかぎりくり返し同じ状況が訪れる、つまり自分が大事にしているものを軽んじられるだろうと予測できた。だから袂を分かつ決断をした。そういう長い葛藤を経ての決断なのだという思いが、氏をして冒頭の思い出話を語らせしめたのかもしれません。