『ブルー・オーシャン戦略 競争のない世界を創造する』というビジネス書には、「市場の境界を引き直す」という言葉が出てきます。例のひとつに挙げられていたのは、ワイン業界。簡単に要約してみます。
アメリカのワイン市場は、高級ワインとデイリーワインの2つの市場に大別され、それぞれの市場で激しい競争が繰り広げられていました。前者の市場では価格も品質も雰囲気も徹底的な高級さが追求され、後者では価格競争が起きていました。後発のカセラ・ワインズは、イエロー・テイルというブランドで「市場の境界を引き直す」ことに成功しました。カセラはワインの価値と見なされていた要因の幾つか(ヴィンテージ感や製法へのこだわり)を手放す代わり、新しい価値の軸(飲みやすさ、選びやすさ、楽しさや意外性)を持ち込んだのです。カセラは、既存のワイン市場のシェアを奪っただけでなく、市場全体を広げた(従来ワインを飲まなかった層を引き込んだ)のです。
よく考えると不思議なもので、「市場」を定義しているのは供給側です。消費者の方から、「とことん高級なワインか、さもなくば安いワインしか飲まない」と宣言したわけではありません。お互いがお互いをベンチマークし、相対的な差別化に血道をあげているうちに、いつしか仮想の土俵(血みどろのレッド・オーシャン)を作ってしまったということでしょう。かといって顧客調査をして分かるというものでもありません。我々一般消費者は、与えられた選択肢から選択することはできても、自らの潜在的な欲求を形にすることは不得手です。
同じことを、我々全員に関係する「市場」 ― 労働市場で考えてみたいと思います。この市場でも、高級ワイン的人材とデイリーワイン的人材しか求められていないかのような話があります。しかし、そこには疑いの余地がある。まだ見出されていない価値の軸があり、それを見つけたセグメントが、ブルー・オーシャンを開拓することでしょう。
個人の立場で考えれば、何もブルー・オーシャン(新しい市場)を創造する必要はありません。自分の職が確保できればいいのですから。エンプロイヤビリティ(雇用されやすさ)を高めるということは、いわば汎用品として多くの企業で雇ってもらえるような人材になろうという発想です。生涯に10回も20回も転職する場合には、間違いなくそうすべきでしょう。しかし、そうでないならば、逆にいま自分が有している強みをしっかり打ち出した上で、それを認めてくれる企業を探して回る方にエネルギーを費やしてもいいと思います。
まして、自分の人生をどう評価するかは、もとよりブルー・オーシャンのはず。同僚やお隣さんとの比較で自分の幸せを測ってしまうことが、幸福のレッド・オーシャンへの第一歩です。