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コンセプトノート

004. 「人生の司書」あるいは「ライフラリアン」

先日の投稿で、互助会的なスタートを切りたいと書きました。当会の、そして私たち世話人の位置付けをうまく表現する言葉を色々と考えています。今日はボツの山から一つ。

私たちは「自分ナビ」作成プログラムというトレーニングのようなサービスを提供したいと考えています。ただそこで共有できるのは意志決定のツールの使い方であって、個人の人生における意志決定はあくまでも主体的になされなければなりません。私たちもファイナンシャルプランナーやキャリアカウンセラーの方々が提供されているような専門サービスを提供しようというわけでもありません。

そう考えてくると「司書」とのアナロジーがぼんやりと浮かんできました。司書は自ら本を書くわけではありませんが、日本十進分類法とか各種データベース検索に精通しており、相談に来た人が探している情報を元に「お勧め」を提示します。「探している情報」といっても本のタイトルなんかじゃなくて、「こういう分野の研究がしたい」等もっと漠然とした状況から役に立つ情報がありそうな本棚を絞り込んでいきます(『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』に大食の美人司書が出てきたのを覚えてますか–?あれは司書ではなく受付だったかな)。私たちも、特定分野の有識者でも有資格者でもありませんが、メンバーの皆さんとコミュニケーションを重ねていくうちに、どこにどういう情報があってそういうことだったら誰に聞けばいいといった話には精通するでしょうから、「ライブラリアン」をもじって「ライフラリアン」なんてどうかな、と。

では私たちが構築しているライフ・アーキテクチャという方法論(「自分ナビ」作成プログラムを通じて共有していただく、考え方とツールキットの総称)は、このアナロジーを敷衍していくと何に当たるでしょうか。この図書館が大学図書館だとすれば、学生の方が選択する講義を決める際のオリエンテーションプログラムということになるかもしれません。「自分ナビ」作成プログラムがオリエンテーションだとすると、オリエンテーションを終えた次のステップは実際に「自分ナビ」を手にしながら様々な意志決定を重ねてみることです。オリエンテーションならぬオリエンテーリングで使う地図とコンパスに相当するものを、メンバーの皆さんは手にされようとしているのです。

そして当会は、単に意志決定の方法論を提供するだけでなく、皆さんがそれを使って充実した人生を送るためのお手伝いを「こそ」したいと思って発足しようとしています。

#司書というアイディアは悪くなかったのですが、「ライフラリアン」の方は相方のkataoka氏に一蹴されました

##残念ながら司書の知人がおらず、司書業務の醍醐味について話を聞くことが出来ません。プロの司書の方、いらっしゃいましたらkoji宛てにご連絡くださいませ。

※ 「自分ナビ」作成プログラムは提供を終了しています