● からだの一日
サイエンスライターのジェニファー・アッカーマンは、人体に対する最新の医学・科学的知見を紹介する『からだの一日』という本を書いています。タイトル通り本全体が1日に見立てられ、朝/昼/午後/夕暮れ/夜の5編13章で構成されています。
ウンチクをちょっとおすそわけしましょう。
- 同じものを食べても、感じられる苦みには60%もの個人差があり得るし、体に蓄えられるカロリーには30%以上もの個人差があります。
- 早起きは三文の得(徳)といいますが、朝型が健康や知性面で夜型に勝るという研究はありません。夜型のほうが金銭面で恵まれた生活を送っているという調査はあります。そもそも朝型/夜型を決めるのは生活習慣でなく生物時計の性質によるもので、転換するのは無理のようです。
- 人体を構成する細胞の99%以上は皮膚や腹部などに暮らす微生物で、多くの役割を担っています。その意味で人体とは「ヒトと微生物の遺伝子の融合体」です。口の中だけでも600種60億以上の微生物群がいて、「一度熱のこもったキスを交わしただけで、当人たちは500万個以上の細菌を交換したことになる」そうです。
●ストレスを緩和する5つの方法
午後に属する第7章「緊張感」は、ストレスがテーマです。本書は基本的に「ここまでわかっている!」という話であって「こうすればよい!」という本ではありませんが、この章ではストレスの緩和に有効な方法が5種類書かれていました。読書メモがてら共有したいと思います。
1つめは「自分の人生は自分次第で変わると考える」こと。このテーマについては『健康の素は「自分の人生には一貫性がある」という感覚』でも採りあげました。
2つめは「瞑想をする」こと。とりわけ、マインドフルネス瞑想(あるいは気づきの瞑想・ヴィパッサナー瞑想)は、ポジティブな感情を生み出す部位(左側前頭前野)を活発化させるそうです。この部位の活性は身体的な健康にも正の相関があるとのこと。
3つめは「音楽を聞く」こと。音楽は、種類によりますが、脳の快楽や報酬にかかわる回路を活性化させたり、鎮静作用のあるエンドルフィンの分泌を促す効果があるそうです。
4つめは「仲間付き合いをする」こと。この部分だけリサーチによる根拠付けが薄かったのですが、強い社会的つながりをもつ人はストレスに上手く対処できるという研究者の言葉を引用しています。なんとなく納得はできます。ただ、他の4つは明らかに「薬」と見なせるのに対し、人付き合いは「毒にも薬にもなる」側面があるように思います。どういう仲間付き合いがストレス緩和につながるのか、もう少し知りたかったところです。
5つめは「笑う」こと。ユーモアやジョークを聞いて理解するのはそれなりに認知的な活動のように思えます。実際、思考や分析を担当する新皮質は活動します。しかし同時に、中脳辺縁系と呼ばれる「古い脳」の報酬系も活性化するそうです。笑いの起源がそれだけ古く、太古から価値のある活動だったことを示唆しているとのこと。言葉を持たない原人も笑っていたと思うと、何かほのぼのします。
●ストレスを緩和するもう1つの方法
本を読み流していたときは気づきませんでしたが、こうしてまとめ直してみると、一つ抜けがあるように思えます。 6つめとして付け足すなら、それは「吐き出す(話す・書く)」ことです。
たとえば、人に話を聞いてもらうだけで気持ちが楽になる、とよく言います。ストレスを感じている人は「わたしの話を聞いて!」と言うのが普通で、「ストレス発散のために、あなたの話を傾聴させて」という人は(ほとんど)いないでしょう。そう考えると、4つめの「仲間付き合いをする」効果の大部分は、「話す」ことから来ているのではないでしょうか。
さらには、たとえ聞いてくれる仲間がいなくても、「吐き出す」こと自体がストレス対処になります。感じたこと・考えたことを書いて、感情や思考のどうどうめぐりを止める。私淑している師に心の中で報告する、あるいは報告するつもりでメールを書く。アッカーマンのように論文を引きながら論じられないのが残念ですが、そういった独白で頭と心を整理し、ストレスに対処している人も多いと思います。ぬいぐるみに話しかけることが癒やしになるという話も聞きます。
ちなみに、仲間付き合いが不要と言いたいわけではありません。いま述べたような独白効果を差し引いてもなお、「仲間付き合いをする」ことの効果は残るでしょう。本書によれば、われわれが対面するときには、言語・視覚情報はもちろん、嗅覚や触覚経由のものを含めて莫大な量の情報を交換しています。信頼できる人が黙ってそばにいてくれるだけでストレスが緩和されることは、きっと実証されるでしょう。もうされているかもしれません。そのとき体内で何が起きているのか、知るのが楽しみです。