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コンセプトノート

397. 歯を1本だけ磨く

1日1本ずつ歯を磨く

『小さな1歩が人生を変える ― ザ・“カイゼン”ウェイ』という本を読みました。といってもこれは原題の直訳で、邦訳は『脳が教える! 1つの習慣』です。もちろんこちらの方が売れるという判断だったのでしょうが、たまたまわたしには逆の作用を及ぼしてしまい、出版から3年後に偶然手に取った次第。「小さな1歩」が入っていれば、これはまさに当サイトの研究テーマでもある「ミニ・チャレンジ」のことなので、すぐさま手にとっていたのですが……。

グチはともかく、この本は文字通り(正しくは原題の通り)「小さく始める」技術の集大成。Amazon.comでも70のカスタマー・レビューの平均が5/5と高い人気を博しています。書評メモとして、目次と章扉から要約を作ってみました。

  • 【小さな質問をする】 小さな質問により、創造力と遊び心が生まれる「心の環境」を創り出す
  • 【小さな思考を活用する】 そのスキルを使っている自分をただイメージすることにより、新たな社会的・精神的・身体的スキルが身に付く(マインド・スカルプチャー)
  • 【小さな行動を起こす】 取るに足らない、ばかばかしいとさえ思えるごく小さなステップを踏むことにより、徐々に、だが何の苦労もなく、やる気を持続させ、人生を変える習慣を新たに築くことができる
  • 【小さな問題を解決する】 小さな問題を発見し、すぐに解決する習慣を身につけることにより、あとで荒療治を受けずにすむ
  • 【小さなごほうびを与える】 小さなごほうびにより、人生を変える習慣を継続するために必要な、内側からのやる気が刺激される
  • 【小さな瞬間を察知する】 ゆっくりとしたペースを保ち、小さな瞬間を大事にすることにより、独創的な打開策を生み出したり、人との絆を強めることができる

「小さな1歩」を踏み出す6つの方法*ListFreak

本文の中で特に印象深かったのが、『「小さな行動」なら、挫折したくてもできない』という項。UCLAメディカル・センターに勤務する著者は、患者にデンタルフロスを使う習慣を付けさせるために、こんな提案をしています。
『そこで、私は一日に一本の歯だけフロスをかけてみなさいとアドバイスした。(略)一ヵ月経った時点で、彼らは二つのものを得ていた。一つはきれいな歯、もう一つはこうした「ばかばかしいこと」を続けて行う「習慣」だ。(略)六週間から一〇週間たつと、大半の人はすべての歯にフロスをかけるようになっている。』
挫折したくてもできない小さな行動の「小ささ」が、よくイメージできるエピソードでした。

チャレンジを、挫折したくてもできないサイズまで小さくする

わたしのような頭でっかちは、最初の提案を聞いた瞬間「1日に1本ずつしかフロスをかけないのであれば、すべての歯を1周するまでに1ヶ月弱かかってしまう。それでは治療にならないのでは?」と思いそうです。しかし実際には、(たいていの人は)この習慣をやめたくなくなって、フロスをかける歯を増やしてしまうのだそうです。

この考え方を、習慣を獲得する以外のチャレンジ、たとえば転職のような、漸次的に変化させることが難しいチャレンジについて応用することができるでしょうか。

出社頻度を1/100ずつ減らして、そのぶん新しい会社に行く……という意味では、転職を分割することは難しいでしょう(もちろん常にクリエイティブ・チョイスはありますが)。

ただ、転職そのものを分割できなくても、転職活動としてできる「小さな行動」はたくさんあります。行きたい業界の企業のホームページを1日1ページずつ見るとか、新しい環境で必要とされるであろう知識を、本から1日1段落ずつ学ぶとか。

そして、ある日突然に機会が降ってきたとします。それに応じられるかどうかは、小さな行動によって準備ができていたかどうかによって決まります。「チャンスは備えある心を好む (“Chance favors the prepared mind.”)」(パスツール)という格言はそのメカニズムを指しているのでしょう。

人ごとではありません。考えてみると、わたしの仕事のほとんどは「降ってくる機会」によって始まっています。たとえばAとBという異なるテーマの仕事の機会が同時に降ってきたとします。報酬や準備期間など諸条件はほぼ同じ。ただし、Aが「楽にこなせるけどちょっと飽きてきた」テーマなのに対して、Bは「経験は浅いけれどぜひ挑戦してみたい」テーマ。残念ながら準備期間が短かかったためAを選ばざるを得ず、「もう少し納期が長ければ……」と思うことがあります。

でもそれは、甘えですね。「Bテーマはきっと初めてだろうから長めに準備期間を取ってあげよう」と思って声をかけてくれる人はまずいないわけで、Bテーマであっても得意のAテーマと同じ準備期間で提供できるだけの「小さな行動」を積み上げておかなかったことを反省すべきでした。