「イヤな予感がする」と「イヤな予感がしてたんだ」では大違い
『「いやな感じ」「いい感じ」にも意味がある』というノートでは、情動や感情を意識下からのシグナルだと説明している神経学者や心理学者の見解を紹介しました。実際、われわれは「何かイヤな予感がするな」と思いながら何かをして、後悔することがあります。
一方で、我々には『「後知恵のバイアス」に立ち向かう』というやっかいなバイアスが備わっています。心理学者のユージン・ゼックミスタは、著書『クリティカルシンキング・実践篇』で、後知恵のバイアスをこう説明しています。
「人がある出来事の結果を知ったとき、自分はそのような結果になることを前から予測していた、あるいは本来ならば予測できたはずだという確信をもつ」
失敗をしてから「やっぱり。イヤな予感がしてたんだ」と思ったとします。しかし、ほんとうに情動を感じていたのかどうかは、もはや分かりません。事後に、事前の感情状態を正確に思い出すことはできないのです。ここを混同すると、EQを働かせているつもりが実は後知恵バイアスに振り回されているだけということになりかねません。
「それ」を感じた瞬間に書きとめておく
感情が意志決定に果たす役割については「結果が出たら、しっかり喜怒哀楽しよう」などのノートにまとめました。感情と決断がセットになっているケース(蛇を見たので怖いと思って逃げるとか)では、感情を受け取ったその場で判断すればよいのですが、われわれの社会生活における複雑な意志決定においては、そういう単純なシーンばかりではありません。何か事が起こり、いろいろと情報収集などもして、あれこれ考え合わせて決断するようなことが少なくありません。
そういった複雑な意志決定に感情を活かすためには、何かを行う前に感じたことを記録しておく必要があります。
ビジネスプランや戦略思考の研修では、新しいビジネスケースを読んだ瞬間に感じたことをメモしてもらっています。これはまったく個人的な経験に基づいたお勧めで、EQ理論や後知恵バイアスについて学ぶ前からそうしてきました。
たとえば、ケースの主人公がいきなりある仕事を任されたとします。自分が主人公だったらその瞬間何を感じるか。これは人それぞれです。いままでの仕事はどうなるのかに思いを馳せる人もいれば、引き受けることによって自分の処遇がどうなるのかがフッと心配になる人もいます。
ところが、いざケースの状況に入り込んでしまうと「読んだ瞬間に何を感じたか」と聞いてみても、不思議なほど思い出せないものです。また思い出せたとしても、その情報にはあまり価値がありません。ケースの中に入り込んでしまった瞬間から、後知恵のバイアスが働いているのですから。
もし「その状況に出合った瞬間の感情メモ」が残っていれば、100%正確にとはいかないにしても、当時の感情を思いだすきっかけになります。EQ理論にのっとれば、なぜそのように「感じた」のかを理解し、「考えた」ことと統合することで、よりよい意志決定にいたることができます。