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コンセプトノート

094. 不安と付き合うという勇気

■生涯現役
先日、オフィスにカメラマンが現れました。その前日に雑誌の取材を受けた際に手違いがあったらしく、撮影だけ別日程になったのです。

いまどきは雑誌に載せる写真はデジカメで撮ることが多いそうですが、その方(以下Aさん)はフィルムカメラを携えています。話し好きな方で、撮影をしながらいろいろと業界の話をしてくれます。こちらは聞き好きなものですからすっかり聞き入ってしまいました。

Aさんは大学在学中から現場に飛び込んでいたこともあって、2年ほどのサラリーマン生活を除いてずっとフリーカメラマン一筋。30年以上のベテランです。芸術系学部を出ても企業に就職するのが大多数ですから、Aさんのようなキャリアを選ばれる方はやはり少ないようです。

Aさんの世代、すなわち50歳代半ばは「定年後」を意識しだす時期のようで、酒席でも「これまで」を振り返りつつ、「これから」どうしようかという話題が多くなるみたいですね。Aさんは最近「羨ましい」と言われることが多くなったといいます。

ただ、他人が羨ましがるようなラクな人生を送ってきたというわけではありません。仕事がうまくいかず会社を畳もうかと思ったことも何回もあるそうですし、今だってこれからのことを考えると強烈に不安になることがあると語ってくださいました。

「お友達はAさんの何が羨ましいんでしょうね、いったい。」
「よく分からないけど、『勇気がある』とは言われるね(笑)」

いまAさんが取り組んでいるのは「同期の組織化」。退職したら暇になるんだから一緒に面白いことやろうよ、そのときのために人脈や仕事を繋いでおいてね、という風に声を掛けているそうです。

「今から仕込んどかなきゃ仕事できないことくらい当たり前だけど、みんなアタマいいくせに、そういうことは考えないんだよね」

…気がつけば2時間経過。Aさんをお見送りしてオフィスに戻り、また考えてしまいました。

■Aさんの勇気の源泉は
たしかに、ずっとサラリーマンだった方が突然営業も仕事もこなす自営業者に変身はできないでしょう。5年後にはAさんの会社は同期の契約社員で溢れているかもしれませんね。

こういっては失礼かもしれませんが、Aさんが長期計画を持っていたというわけではありません。フリーカメラマンは不安定な商売でしょうし、ご自身も「うまいメシと旅行にはガマンしない」がモットー(?)らしく、子供に肥えた舌を持たせたことが子育ての成果と笑っていました。

ではなぜAさんは友人のサラリーマンの方々に先んじて5年先を見越した布石を打てているのかと考えると、話の中にでてきた「不安」という言葉に行き着くように思います。

そこそこの蓄えとそこそこの年金が見込めるサラリーマンと、蓄えは無い(あるのかもしれません)けれど60歳を過ぎても食えるスキルと営業力があるAさんとを比べれば、これからの暮らしに「不安」を抱くべきはどちらなのか、一概には言えません。

ただAさんはずっと「不安」と付き合ってきています。「不安」から目を背けずにそれをよく見て、乗り越えてきました。その姿勢が、友人のいう「勇気」なのかもしれません。

そしてその目でこれからを見据えたとき、今やるべきことが自然に見えてくるのでしょう。

(参考)
The Rise of the Creative Class” ― 米国のイノベーションを牽引している労働者たちを分析した本です。特定の企業に依存しないワークスタイルの代償として不安をマネージすることが必要であるとしています。