発想を広げる技術をレトリックに学ぶ
ジェイ・ハインリックス 『THE RHETORIC 人生の武器としての伝える技術 単行本』(ポプラ社、2018年)は550ページを超える大著です。出版社のWebサイトに載っている補遺を含めれば600ページを超え、本棚に置けば辞書かと見まごう厚さになるでしょう。
レトリックは修辞技法、ひらたく言えばものの言い方くらいに思っていましたが、修辞学と訳されるべき幅の広い概念であることを学びました。Wikipedia(英語版)のエントリは1万3千語超、わたしの環境で画面30スクロール分ほどもあります(ちなみにフランス語版はさらに7割がた長かった)。
日本語のページから定義を借りると、「弁論・叙述の技術に関する学問分野」となっています。
効果的な弁論・叙述をするためには「どう言うか(表現)」だけでなく、そもそも「何を言うか(内容)」が重要。したがってレトリックには「言うべき内容をどう発想するか」という技術も含まれていました。
当サイトのテーマである意思決定を、自分ひいては当事者を納得させるプロセスと捉えてみると、レトリックから学べることは多いはず。
そこで、本書の実践編パートから、発想を豊かにするのに役立ちそうなエクササイズをいくつかつまみ食い的に引用してみます。
発想を広げるエクササイズ
◎「だが一方で……」
『いつでもふたつの側面から考えるくせをつければ、心を解放することができる。違う考え方をしてみよう、という姿勢でいれば、人生がもっと楽しくなる。』という魅力的な紹介文が添えられていました。
自分の信念あるいはそれに対する反論を取り上げて、機械的に「だが一方で、」を付けて作文してみるのが良さそうです。たとえば
「選択の自由は人生に欠かせない」
を試してみると:
「だが一方で、『自由でなければならない』というのは不自由な態度ではないか」
◎「それは……の話か、それとも……の話か」
「枠組み」をつくり直す。フレームワーク思考を鍛えるのにとても有益なエクササイズです。先の
「選択の自由は人生に欠かせない」
でやってみます。まず考えやすいのは
「それは『人生に欠かせないもの』の話か、それとも『選択の自由が欠かせない対象』の話か」
と、主張を構成する要素で枠組みを作るやり方です。
難しいのは、書かれていない文脈を様々に想定してみること。
「それは君の話か、それとも人間一般の話か」
「それは願望の話か、それとも決意の話か」
「それは真面目な話か、それとも冗談か」
……こんなところでしょうか。主張の枠組みにはある程度パターンがあるので、習熟すればもっと速く広く思いつけそうです。
◎相手がその主張を真だと考える前提を探す
承服どころか理解すらしがたいという主張から、わかるけど違和感が残る主張まで、自分の考えとは違う主張はたくさんあります。
そういった主張に対して、まず、相手も自分と同じ程度には論理的であるという前提を置きます。
そのうえで、もし自分がその主張に完全に賛同するとしたら、どのような前提・仮定が必要かを考えます。
たとえば次のように言う人がいたとすると、どのような前提を置けば完全に賛同できるのか。
「選択の自由は人生から除外すべきだ」
……「人は幸福な人生を送るべきだ」と「自由選択は人を不幸にする」という前提でしょうか。
◎修辞技法(言葉の工夫、思考の工夫、比喩)を使う
『文章やスピーチに豊かな表現を与えてくれる修辞技法は、「言葉の工夫」、「思考の工夫」、「比喩」の3つに分けることができる』とのこと。
「言葉の工夫」とは、反復・言い換え・響き・言葉遊びなど。順序が前後しますが「比喩」は言葉の工夫のなかでも言い換えに特化した技法。思考の工夫とはロゴス(論理)やパトス(感情)に訴えることで、「言葉の工夫」「比喩」以外の工夫のすべてといえそうです。
発想を広げるという目的からすると、比喩が有効なように思います。適切な比喩を用いるためには話す内容をよく理解する必要がありますし、内容を様々な視点から考えることを促してくれるので。
比喩にはさまざまな技法がありますが、まずはシンプルに
「選択の自由は人生に欠かせない。~が~に欠かせないように」
と考えてみると、どうなるでしょうか。
たとえば
「旅程を考える楽しさが旅に欠かせないように」
という比喩を思いついたとすれば、その比喩表現自身が、その人が選択の自由を人生に欠かせないと考える理由の一端を明かしてくれます。また
「メニュー選びが外食に欠かせないように」
であれば、一つのメニューで繁盛している店もあるとか、多ければ多いほどよいのかとか、選択の自由を持つことの意味合いについて考えを深めるきっかけを与えてくれます。
個人的には、最後の「比喩・言い換え」を試してみたいと感じました。表現の訓練が結果として思考の訓練を促してくれるあたりが、お得に思えます。
最近、移動を楽しくしようと思って買った自転車が、結果として体力づくりにつながっている実感があるのですが、そのように楽しめれば …… と、ひとつ言い換えに挑戦してみました。