影響力の武器
本ノートでも実に14年前から引用している「影響力の武器」というリストがあります。
- 返報性 ― 人は、他者から何かを与えられたら自分も同様に与えるように努める。
- 一貫性 ― 人は、自分の言葉、信念、態度、行為を一貫したものにしたい(あるいは他の人にそう見られたい)という欲求がある。
- 社会的証明 ― 人は、他の人々が何を信じているか・どう行動しているかを見て、自分が何を信じるべきか・どう振る舞うべきかを決める。
- 好意 ― 人は、自分が好意を感じている知人に対してイエスと言う傾向がある。
- 権威 ― 人は、権威に服従しやすい。
- 希少性 ― 人は、機会を失いかけると、その機会をより価値あるものとみなす。
人を動かす6つの力 ― 『影響力の武器』から – *ListFreak
先日の研修では、これらの“武器”をすべて盛り込んだ短いセールストークを作り、ルックスの良いセールスパーソンの写真を添えて、参加者に読んでもらいました。みんな買いたくなったかと言えば……そうはなりません。
なぜか。挙げられた理由をまとめれば「その言葉がそもそも信頼できないから」というものでした。それはそうですよね。「在庫が残りわずかです」と言われても、その言葉が信頼できなければ希少性も感じられません。
とすると、真なる影響力の武器は、信頼ということになります。
信頼の5要因
では、その信頼はどこから来るのか。スティーブン・P.ロビンス『【新版】組織行動のマネジメント』では、“職場における信頼の構造”という論文からの引用として、次の5要因を挙げていました。
- 【誠実性 Integrity】 『道徳的人格』や『基本的な誠意』がある。
- 【能力 Ability】 こちらの言葉をよく理解し、口に出したことを実行するスキルや能力がある。
- 【一貫性 Consistency】 言葉と行動が一致している。頼りがい、確実さ、状況処理における判断力がある。
- 【忠誠心 Loyalty】 自分を守り、顔を立ててくれる。日和見的な行動を取らない。
- 【開放性 Openness】 事実の全容を教えてくれる。
良いリストですが、やや重複感があります。たとえば、一貫性に含まれている「言葉と行動が一致している」というのは、誠実性の定義そのものだと思います。
もうすこし検索すると、信頼の要素についての論文のメタ分析的な論文がありました。やはり一貫性を誠実性の傘の下に入れ(以下「誠実さ」と呼びます)、さらに忠誠心と開放性を合わせて「善意 Benevolence」というラベルを貼っています。
能力、善意、誠実さ
善意と誠実さの間にはなお若干の重複を感じますが、善意は自分に対する忠誠心を、誠実さは原則や大きな目的に対する忠実性を、それぞれ指すと考えると、両社の違いが納得しやすくなりました。
たとえば、自分に便宜を図ってくれる人には「善意」を感じますが、度が過ぎると「誠実さ」に疑問が生じます。
自分の周囲にいる「信頼できる人」について、この「能力、善意、誠実さ」というものさしを当ててみると、たしかにこの3要因で過不足なく判断できるように思います。
「善意」(Benevolence)は、ビジネスの世界ではあまり見かけない言葉です。しかし、これが欠かせない要素として信頼の3要因の一角を占めているという事実は注目すべきと感じました。
たしかに、能力と誠実さがあっても、悪意を感じる人は信頼できません。悪意はないが善意もいっさい感じない人はどうか。能力があって誠実だが善意がないとなると、どこか機械的というか、己が認めた正義という判断基準しか持たない人のように感じると思います。
善意は、単なる好悪の感情を超え、相手の立場に共感し、肯定的に理解しようとする、思いやりの意思のあらわれです。そこにはリスクが伴います。
お互いに心理的な距離のある状況で、相手が一歩踏み込んで自分を肯定しようとしてくれた。そのリスクを取ってくれたという事実が、いわゆる互恵性の原理によって相手への信頼を生むように思います。
能力、善意、誠実さ。ここまで評論モードで考えてきましたが、自分もまた、暗黙のうちにそのものさしで人物をはかられているという事実を忘れないようにしたいと思います。