反脆弱性
ナシーム・ニコラス・タレブ 『反脆弱性』を、例によって斜め読みしています。
反脆弱性とは著者の造語です。通常、脆い(脆弱)の反対は頑健です。ふつうのガラスは金槌で叩けば割れるので脆弱、強化ガラスは叩いても割れないので頑健。
しかし著者は、叩くと逆に強くなる性質の事象もあることを指摘し、これに反脆弱と命名しました。叩くほど強くなったり組織化したりする反脆弱なガラスはないかもしれませんが、人間の心身は適度な負荷をかけると強くなるので反脆弱です。
本書は、【脆弱/頑健/反脆弱】という三つ組を万物に当てはめて進みます。しかし本ノートでは、この反脆弱という3つめの要素を思いついた発想にのみ焦点をあてています。
この三つ組、知情意のように3要素のバランスが取れた、いわば「鼎型」とは少し違います。【脆い(脆弱)/脆くない(頑健)】という対があり、その斜め上に反脆弱という概念があるように思えます。この「斜め上感」違いを何とか言語化してみたいと思い、試行錯誤していました。
【脆弱/頑健】は、刺激に対する耐性が低いか高いかという直線の両端を意味しています。いっぽう反脆弱は、刺激耐性でなく刺激活性を意味しています。
そう考えると、大きく【刺激耐性(刺激を受動的に受け止めて耐えるか)/刺激活性(刺激を能動的に取り込んで活性化するか)】という対があり、前者の下に【脆弱/頑健】という対があると理解できそうです。その階層構造を表現するなら、【刺激耐性(脆弱/頑健)/刺激活性(反脆弱)】となりましょうか。
X(A/B)/Y
この発想を定式化すると、【X(A/B)/Y】となります。AかBしかない、と思えるとき、それでもAとBの共通点Xを見いだすことで、非XなるYが見つかるということです。いくつか例を挙げてみます。
- 洋服は【男性向け/女性向け】のどちらかしかない、わけではありません。ユニセックスというカテゴリがあり、これは【特定性別向け(男性向け/女性向け)/性別不問(ユニセックス)】という構造です。
- 好き(ないし愛)の反対は無関心、といいます。では嫌いはどこに行ったのか。これは【関心がある(好き/嫌い)/関心が無い(無関心)】という構造のAとYを取り出していると考えると、収まります。
- 【収束(分析)的に/発散(創造)的に】考える、以外の思考はあるか。どちらも対象を抽象化していると捉えると、【抽象的(分析的/創造的)/具体的(実際的)】という3つめが見えてきます。これはロバート・スタンバーグの知能の分類(参考:「第三極を立てる」)。
- 同じ伝で、経営はよく【サイエンス/アート】の切り口で捉えられますが、どちらもやや上品な感じがします。ヘンリー・ミンツバーグはそこに実際的な見方を加えて【学術的(サイエンス/アート)/実践的(クラフト)】という三つ組を作りました。
- 世の中の物事は【真/偽】どちらかしかないのか。なかなか難しいですが、仏教の「真仮偽」という言葉をヒントに考えてみると【判断が定まっている(真/偽)/定まっていない(仮、かりそめ)】という第三の状態が見えてきます。
※親鸞聖人の言葉とされる「真仮偽」の解釈を述べているわけではありません
せっかくなので、この発想に命名しておきましょう。【X(A/B)/Y】をそのまま使ってザビー法 (XABY method) はどうでしょうか。
XABY法で第三の解を見い出す
やってみて難しかったのは、当然ながら、AとBしかないと思っている状態でXを探すことでした。
たとえば、人間は生きているか死んでいるかのどちらかしかありません。単なる中間の状態(仮死状態)を想定することは可能ですが、それではA/AB/B法とでも呼ぶべき発想で、飛躍や面白みに欠けます。
そういうときに、具体的なYの候補を探してみると、ちょっと糸口が掴めることがありました。よく「彼はわれわれの心の中に生きている」なんて言います。そうすると【個人的(リアル)な生存状態(生きている/死んでいる)/社会的(バーチャル)な生存状態(覚えられている/忘れられている)】はどうだろう、等と視点を変えることができました。
あるいは、【生/死】を捉える別の切り口をかぶせてみるのもよさそうです。【物理的/精神的】をかぶせてみると、【物理的な生存状態(生きている/死んでいる)/精神的な生存状態(生き生きしている)】というABYが作れました。そこから、こんな警句をひねってみました。
「人間の生死は、生きているか死んでいるかで測られるのではない。生き生きしているかどうかで測られるのだ」
イキイキと生きることこそ人の生だというわけです。何だかそれらしいではないですか。警句メーカーとしても使えそうです。