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コンセプトノート

641. What-if(仮説を立て)、If-then(対策を練る)

あらゆる成功が予測できる最も強力な予測因子

『○○とその影響を受ける性質(たとえば決意)は、あらゆる成功が予測できる最も強力な予測因子である(1) ――学校での成績、職場での成功、より満足できる友情や恋愛関係、よりよい身体的かつ精神的健康。○○力の点数が高い人たちはより高い学歴を持ち、収入も多く、高い地位の仕事に就き、幸せな結婚生活を送る傾向が強い。○○力の点数が低い人たちは法的トラブルを起こし、心臓疾患、肥満、うつ病、不安神経症、有害物質の乱用など、さまざまな医学的心理学的問題を抱える傾向がより強いのだ。』

○○に入っていたのは「自己制御」。ローレンス・スタインバーグ『15歳はなぜ言うことを聞かないのか?』(日経BP社、2015年)からの引用です。本来、個人・家庭人・社会人としての“成功”に影響を及ぼす因子は多様に存在すると思いますが、測定に時間がかかることもあり、現時点では自己制御が最強の予測因子として専門家の合意を得ているということでしょう。

自己制御力を鍛える

本書では、自己制御力のトレーニング法の一つとしてMCIIというプログラムが紹介されていました。これはMC(Mental Contrasting、精神的対照)とII(Implementation Intentions、実行意図)という2つのパートに分かれています。(2)

MCは、目標設定のステップ。目標が達成されたらどんなよいことが起きるかを空想することで、目標に意味が与えられ、それに向けた意欲が生み出されます。現実と理想をくっきりと対照させるのでメンタル・コントラストという名前なのでしょう。
IIは、実施戦略のステップ。目標達成の障害を予測し、「もしBの状況になったらCをやろう」という、いわゆる “if-then” 分析を行います。

各パートを2ステップでまとめると、次のような4ステップのプロセスになります。

  • 到達点を思い描く(テストでよい成績を取る)
  • 達成したことで起きるよい結果を想像する(小遣いが増えるかもしれない)
  • 起こり得る障害を考える(問題が難しいかもしれない)
  • それを克服する戦略を考える(わからないことがあれば放課後先生に尋ねる)

MCII(実行意図を伴う精神的対照)プログラムのステップ*ListFreak

第3、第4ステップのねらいは、それらをしっかり刷り込んでおくことで、目標達成を阻害するような状況になったときに自動的に特定の行動が取れるようにすること。実行意図という概念を提案した Peter Gollwitzer は、実行意図とは「行動の制御を環境に委ねること」だと表現しています。(2)

どこまで精密に当てはまるかわかりませんが、たとえばスポーツの練習で「身体に覚えさせる」というとき、めざしているのはまさに「行動の制御を環境に委ねること」です。たとえば商談や交渉の準備をする際にも、細かいQ&Aの準備に加えて「場がこういう雰囲気になったらこう振る舞おう」という想定をします。こういった準備作業も、実行意図の作り込みといえるでしょう。(3)

どのような If があり得るかを考える

MCIIでは第3ステップで If を、第4ステップで Then を、それぞれ考えるわけですが、実際には第3ステップの冒頭でなされるべき作業があります。それは、どんな障害が起こり得るかを幅広く想像すること。この作業は What-if 分析と呼ばれることもあります。まず What-if(仮に状況がこう変わったらどうなる?)をたくさん考えたうえで、注意すべきものについて Then(その状況変化にどう対応すべきか?)を考える。

ジョン・メイヤー教授とピーター・サロベイ教授は、感情について What-if 分析を行えることを感情的知能 (Emotional Intelligence) の一つに位置づけています。サロベイ教授の著書『EQマネージャー』から引用します。

What-if プランニングや予測は、人や感情に関しても行うことができる。われわれは感情が特定のルールにどのように従うかということを論じてきたが、これらのルールによって必要な客観的な情報が得られ、感情をかなり正確に予測することができる。(略)この知識はあなたが(略)どのような態度を取るべきか、その準備をするのに役立てることができる。

一つずつ、意図を持って

こうやって理屈を追っていくと簡単そうですが、実行意図が行動に反映される、つまり「身体が覚える」状態に持っていくのが難しいのは、誰しも経験を通じて実感していることでしょう。複数の目標を同時に追いかけると実行意図が行動に反映されづらくなるという調査結果もあるそうです。(4) ここでもやはりスポーツのような身体感覚の習得がよい比喩を与えてくれるように思います。フォームの改善や新しい戦術の習得は、一つひとつ順を追ってしか体得できません。

いちどに一つずつとなると、身体に覚えさせる If-then シナリオをどう選択するかが重要になります。そして一回一回の機会を無駄にできないという思いが強くなります。たとえば会議・提案・商談・交渉、わたしでいえば講義など、われわれの仕事には多くの「繰り返し」があります。惰性でこなしてはもったいないので、MCIIのステップを踏んでみます。


(1) Diamond, Adele. “Executive functions.” Annual review of psychology 64 (2013): 135.

(2) MCによって具体化しようとしているものは、目標意図 (Goal Intention) と呼ばれます。実行意図は目標意図に従属します。総説: Gollwitzer, Peter M. “Implementation intentions: strong effects of simple plans.” American psychologist 54.7 (1999): 493.

(3) 交渉にMCIIを適用した実験があります: Kirk, Dan, Gabriele Oettingen, and Peter M. Gollwitzer. “Promoting integrative bargaining: Mental contrasting with implementation intentions.” International Journal of Conflict Management 24.2 (2013): 148-165.

(4) 「研究結果から判明した、新しい習慣を定着させる3つのルールライフハッカー[日本版] (2016)