カテゴリー
コンセプトノート

638. 鏡を見る

ミラー・テスト

ピーター・ドラッカー『明日を支配するもの―21世紀のマネジメント革命』に、こんな魅力的な一節があります。

倫理についての原則はただ一つである。しかも、判断の方法は簡単である。それをミラー・テストという。

ミラー・テストは、20世紀初頭の駐英ドイツ大使の逸話にちなんで名付けられたもの。大使はイギリス国王のために開く晩餐会の趣向として『デザートの後、明かりを薄暗くし、コールガールが一〇人ほど巨大なケーキから裸で飛び出すようにしてもらいたい』というリクエストを受けました。彼は承服できず、辞職します。いわく『翌朝、髭を剃るとき、客引きの顔など見たくない』。

大使が鏡の中に見出したいのは、髭を剃っている一人の男性ではなく、自分の職業倫理に則って仕事をしている駐英ドイツ大使です。その意味では、鏡でなくてもかまいません。大使であれば肖像画、現代のわれわれであれば写真でもよいでしょう。いい仕事を終えていかにも充実した表情を浮かべた自分の写真があれば、むしろ写真のほうが倫理テストのツールとしてよく機能するかもしれません。

ミラー・エクササイズ

以前、「鏡を見る」エクササイズをやったことがあります。仕事机の、視界の端くらいのところに自分の顔が見えるように鏡を置いておくというエクササイズです。こちらはミラー・テストとは違い、リアルな表情の観察が目的です。日頃、自分がどんな顔をして仕事をしているかなど知る機会がないので、自己認識のよいエクササイズになりました。自分でも自覚していない気持ちの動きが、意外と表情に出ていたりするものです(ミラー・エクササイズというのはミラー・テストに合わせて今こしらえた言葉です)。

ミラー・トーク

ここまで見てきたように、鏡を見るという行為には、こうありたいと願うセルフ・イメージを観じるという意味合いと、自分の表情から感情を読み取るという意味合いがあります。

さらには、見るだけでなく対話することもできます。

映画などで、重大な告白や交渉に臨んだ主人公が、トイレで鏡に映った自分に話しかけるシーンを見かけます。こうありたいという自分とリアルな自分の重ね合わせである鏡像に話しかけることで、彼らはどんな声を聞いているのでしょうか。いかにも映画的で実際にやってみようと思ったことはありませんでしたが、意外な発見があるかもしれません。時間もお金もかからないので、試してみようと思います。