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コンセプトノート

610. 発展欲と安心欲

促進フォーカスと予防フォーカス

社会心理学者ハイディ・グラント・ハルヴァ―ソン『だれもわかってくれない:あなたはなぜ誤解されるのか』(早川書房、2015年)のページを繰っていたら『警戒へのモチベーションはネガティブなフィードバックや自信喪失によっていっそう高まる』という一文が目に飛び込んできました。

ネガティブなフィードバックや自信喪失が、どうしてモチベーション向上につながるのか。急いで章の先頭から読み返しました。

まず、人生において何を目的とするかにおいて、人の傾向は「促進フォーカス」と「予防フォーカス」に大別されるという研究があります。促進フォーカスは『達成、報酬、成功などの機会に目が留まり』がちで、「称賛」によってモチベーションが高まります。予防フォーカスは『回避すべき危険や、果たすべき責任に目がいき』がちで、「批判」によってモチベーションが高まります。もちろん、他の心理学的分類と同じくこれはスペクトラムであり、誰しも両方のフォーカスを持ち、また使い分けています。ただし誰しもどちらかのフォーカスに偏りがちな癖を持っているということです。

促進(Promotion)/予防(Prevention)フォーカスという対が、最初はややピンときませんでした。攻め(Offensive)/守り(Defensive)でよいのではないかとも思いましたが、それだと能動的(Proactive)/受動的(Reactive)というニュアンスが付加されます。「予防」したいという動機に基づいた「攻め」もあることを考えると、促進/予防フォーカスのほうが人の動機を捉えるうまい切り口だと感じられてきました。

発展欲と安心欲

冒頭の文は、予防フォーカスの人について述べたもの。言われてみると思い当たるふしがあります。わたしは今月約200人の方と学びの場を共にしました。振り返れば、小さなワークの単位で・あるいは2週間ほど間を空けて、仲間同士で・あるいは講師から参加者へ、大小さまざまなフィードバックが行き来していました。

通常、フィードバックでは相手の「良かったと改善点」を伝えます。「良かった点と悪かった点」でもよいのですが、多くの人は「悪かった点」を指摘されるのを(指摘するのも)好まないので、フィードバックする側が一ひねりしてあげるわけです。改善点(悪かった点)が挙がらなくても、大半の人は文句を言いません。

その一方で、はっきりとダメ出ししてもらうことを好み、悪かった点の指摘を進んで求める方もいます。ネガティブなフィードバックをもらえなかったことに不満を表明する方も、少数ながらいます。たしかに称賛と批判の両方がモチベーションになり得、その配合は人によって違うのです。

この事実を忘れずに現場で活かしたいと思いつつ、「促進/予防フォーカス」という言葉が今ひとつ自分にはピンときません。そこで勝手に、そういったフォーカスの差を生み出す欲求のレベルで使いやすい言葉の対を探し、「発展したい/安心したい」という切り口を見つけました。

誰の心にも、発展したいと思う気持ちと安心したいと思う気持ちがあるでしょう。しかしその配合は人によって違います。安心欲が強い人は、まず安心できる環境を整えてから発展をめざします。したがって安心を脅かすリスクに目が行きがちで、予防フォーカスになります。発展欲が強い人は、とにかく前に進むことが前提で、その動きのなかで手に入りそうな安心を求めます。したがって機会を生み出すチャンスに目が行きがちで、促進フォーカスになります。

人は、発展したい・安心したいという両方の欲求を併せ持っていること。その配合は人によって異なること。この2点を意識して、来月のさまざまな対話に臨んでみようと思います。