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コンセプトノート

606. 会話は一拍、決断は一晩おいて

ひと晩寝ると問題が解けるわけ

ペネロペ・ルイス『眠っているとき、脳では凄いことが起きている: 眠りと夢と記憶の秘密』(インターシフト、2015年)は、マンチェスター大学「睡眠と記憶の研究所」所長を務める著者が、睡眠と記憶に関する最近の研究成果を一般向けにわかりやすくまとめてくれた本です。

第8章は「ひと晩寝ると問題が解けるわけ」。ひと晩寝て問題を考え直すという昔ながらの知恵が有効であること、そしてそのメカニズムについてもある程度の仮説が立てられていることを知りました。

それによると、睡眠は主に2つの機能で問題解決を支援します。

一つめは、記憶の固定と強化です。

『私たちが眠っているあいだには、記憶の邪魔をするかもしれない背景雑音が定期的に除去され、記憶が描写を具体的に強化する方法で再生される。』

二つめは、いわば洞察の創出です。

『睡眠はまた、新しい情報を古い情報と統合する複雑な処理に参加するとともに、出来事全体を説明する全般的な原則や規則性を要約して、私たちが情報に基づいて未来を予測できるよう助けてもくれるのだ。』

「問題をひと晩寝かせる」というときに期待するのは、後者の機能です。これについては日本人にわかりやすい実験が引用されていたので、簡単に紹介しましょう。(1)

まず、漢字を知らない被験者に「浪 = wave」「池 = pond」「河 = river」「海 = sea」といったサンプルを見せます。そのうえで「湖」という漢字の意味を wood / dog / lake / bowl といった選択肢から選ばせます。さらに「シ」という部首の意味を答えさせるという実験です。

著者によれば『この複雑な抽象化が必要な課題の成績は、被験者が眠ったあとで大きく伸びた』とのこと。(イメージが掴みづらかったので論文をあたってみたところ、被験者はサンプルを見た後で昼寝をするグループと起きているグループに分かれ、その後でテストを受け、成績を比較するという実験でした)

睡眠は、覚醒時には難しい高度な帰納的思考をやってのけてくれるようです。著者のまとめを引用します。

総合すると、これらの研究は複数の情報源からの情報を結びつけるためには睡眠が重要であることを示している。睡眠は、統計的規則性や全般的な原則を導き出したり、新しく得た記憶をもっと古い知識構造に組み込んだり、一連の関連した断片をつなぎあわせてもっと大きな全貌を明らかにしたりするのに役立っている。

十分ではないが必要な「睡眠テスト」

断片をつなぎ合わせて全貌を明らかにするというくだりで思い出した本が、ジョセフ・L. バダラッコ『「決定的瞬間」の思考法―キャリアとリーダーシップを磨くために』です。著者はニーチェとアリストテレスの決断に対する考え方の共通点を次のように述べています。

二人とも決定的瞬間に代表されるような重要な個人的決断は、独立した出来事としてではなく、その人の過去の決定、行動、経験の長い連鎖の延長線上にあるとみなしている。

自分の決断を、過去の決定・行動・経験の長い連鎖に関連づけ、意味づける。これはまさに「断片をつなぎ合わせて全貌を明らかにする」作業であり、重要な決断を「ひと晩寝かせる」重要性を示しています。

実は、この本では「ひと晩寝かせる」ことを「睡眠テスト」と呼び、その効用と限界を実用的な観点から吟味しています。

長くなるので詳細は省きますが、著者は、「睡眠テスト」は直観の声を聞く優れた手段ではあるものの、それだけに頼るわけにはいかないと述べています。

わたしもそう思いますが、前半で紹介した実験は、睡眠がバダラッコの想定以上に客観的な分析ツールとして機能し得ることを示唆しています。

ここ2年ほど、「その場」性の高い意思決定のあり方を研究テーマに掲げてきました。キーワードを挙げるとすれば「一拍おく」です。ちょうど2016年の研究テーマを探していたので、「一晩寝かせる」をキーワードに、意識下の意思決定について考えてみようかと思います。

(1) Lau, Hiuyan, Sara E. Alger, and William Fishbein. “Relational memory: a daytime nap facilitates the abstraction of general concepts.” PLoS One 6.11 (2011): e27139-e27139.