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コンセプトノート

589. レジリエンス、適応、転換

レジリエンスの4属性

枝廣 淳子『レジリエンスとは何か: 何があっても折れないこころ、暮らし、地域、社会をつくる』(東洋経済新報社、2015年)に、レジーム・シフトという言葉を見つけました。

閾値を超え、衰退ループが働くなどして、非線形的な変化が起きると、その生態系は突如、構造や機能、プロセスなどが根本的に異なるものに変わってしまうことがあります。これがレジーム・シフトで、「生態系の構造転換」と訳されることもあります。

生態系や人間社会は、ある程度の変動に対しては自己復元力を発揮します。しかしある閾値を超えると不可逆的な変化が起き、他の系に転換します。

本書では“生態系と人間社会のレジリエンスの先駆的な研究グループである「レジリエンス・アライエンス」を立ち上げた”ブライアン・ウォーカー氏らの研究が紹介されていました。氏は安定な状態にある系(生態系や人間社会)を、ボールの入った鉢にたとえています。鉢が多少揺れてもボールは鉢の中にとどまります。しかしある程度揺れが大きくなると、ボールは鉢から飛び出し、別の鉢に移動します。つまりレジーム・シフトが起きます。

レジーム・シフトにあらがう回復力、つまりレジリエンスを構成する要素は何か。氏の論文を、鉢のたとえを使ってなぞってみます。(1)

まず鉢そのものに着目すると、ボールの飛び出しづらさを決めるのは、まずは鉢の形状です。鉢の幅が広いほど、また深いほど、ボールは飛び出しづらいでしょう。次にボールの位置も関係します。中心に近ければ飛び出しづらく、縁に近ければ飛び出しやすいでしょう。

さらに、鉢の置かれた環境も考慮する必要があります。土台が安定しているほど、ボールは飛び出しづらいでしょう。

以上から、レジリエンスを構成する4つの要素が導かれます。かなり意訳交じりですが、私訳をお目にかけます。

  • 【許容度(Latitude) その系は、不可逆的に変化するまでどの程度の変動に耐えられるか(鉢の幅はどれくらい広いか)
  • 【抵抗度(Resistance) その系はどの程度変化しやすいか(鉢の深さはどれくらい深いか)
  • 【危険度(Precariousness) その系はいま、不可逆的変化への閾値にどれくらい近いか(鉢の縁にどれくらい近いか)
  • 【関連度(Panarchy) 上の3要素は、関連する他の系の変化からどれほど影響を受けるか

レジリエンスの4要素*ListFreak

いまの系に「適応」するか、あるいはいっそ「転換」するか

系を安定に保てるかどうかは、レジリエンスの4要素をどれくらいコントロールできるかに依存します。論文では、これを「適応力(Adaptability)」と呼んでいます。例えば富栄養化によって湖の生態系が破壊されようとしているとき、水質浄化材や水生植物を投入してリンを固定するのは、危険度を下げる(ボールを鉢の縁から中央に動かす)ことです。土壌を改質してリンの吸収力を高めるのは、許容度を高める(鉢を広くする)ことです。

論文では、ある系の行く末を決める属性として、レジリエンス、適応力に「転換力(Transformability)」という概念を加えています。これは、今のままでは好ましくないレジーム・シフトが起きると予見されたとき、新しい系を作り出し、そちらに移行する力です。論文ではジンバブエの例が挙げられていました。牛の放牧や干ばつによって痛めつけられていた放牧地を、観光・ハンティング地域として用途転換すること生態系の破壊を免れたそうです。

この「転換」というアイディアにはハッとさせられました。レジリエンスとは基本的に原状復帰にすぎません。長期的に見てジリ貧になるとわかっている系の中で安定していては、いつかやってくる破局的な変化に対応できないということです。

安定性を測り、適応を試み、転換を図る

これらの知見は、人の心という「系」にも援用できそうです。そこで「折れないための3ステップ」を考えてみました。

  1. まずは、自分のレジリエンスを測るところから始めます。許容度は折れづらさ、抵抗度は動揺しづらさと読み替えていいでしょう。動揺しやすい(抵抗度が低い)がなかなか折れない(許容度が高い)人もいれば、鈍感な(抵抗度が高い)ように見えてすぐ折れてしまう(許容度が低い)人もいます。危険度は、許容度の限界を10とした場合の現在のスケールだと思えばよいでしょう。
    関連度は、上記の3要素に影響を与えている因子です。個人という系は組織という系の構成要素であり、精神という系と身体という系を要素として構成されていると考えることもできます。要するに系という概念は多層的に関連しあうので、ある系のレジリエンスは常に上位・下位・隣の系の影響を受けます。ふだんは冷静な(抵抗度が高い)人でも、会社で人員削減が始まれば動揺しやすくなるでしょう。健康を損ねれば、やはり物の感じ方も変わるでしょう。
  2. 次に、適応を試みます。許容度・抵抗度は心の能力の話なので、何らかのメンタルトレーニングによって調整を図るのでしょう。気晴らしによって危険度が下がるかもしれません。関連度にリストアップした外的要因の排除に取り組むことも、もちろん有益です。
  3. 適応と同時に、転換の可能性についてもシミュレーションします。つまり現状の組織を是として適応していくケース、自ら他の系に影響を与える(何かの提言をするなど)ことで適応していくケース、転職してまったく新しい組織に適応していくケースなど、複数のシナリオ・プランニングを行うということです。もしかしたら、熱せられていく水のなかでレジリエンスを発揮しようとがんばってしまっている、ゆでガエルのような自分に気づくかもしれません。

こうしてみると、前2者は心が折れないためのステップで、最後はキャリアが折れないためのステップといえるでしょうか。


(1) Walker, Brian, et al. “Resilience, adaptability and transformability in social–ecological systems.” Ecology and society 9.2 (2004): 5.