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コンセプトノート

579. 知性への情動

ヒトを知性へと駆り立てる情動

情動とは生理的なシグナルで、多くの場合快・不快の感覚を伴います。それが特定の気持ちを引き起こし、特定の行動へと人を促します。典型的には「ドキッ」「ムカッ」「ほっ」といった、感情未満の言葉で表されます。

情動のもともとの目的は、個体の、ひいては種の生存と繁栄です。ただし繁栄といっても人間のように複雑な社会生活をいとなんでいる種においては、知性を育てることが繁栄の鍵になります。そこで情動のメカニズムもその需要に応じて進化してきたのだと思います。

『ヒトはなぜ笑うのか』には、そのような高次の情動(認知的情動あるいは認識的情動)の例が紹介されていました。この本は、認知科学の研究者マシュー・ハーレーの博士論文を、指導教官だったダニエル・デネットらが共同研究者になって仕上げたもの。500ページを超える大著です。

たとえばゴプニックという学者は、『子供が問題解決できたとき、そこに肯定的な感情的反応が結びついている』様子を指して「理論欲動」(theory drive)と命名しています。子供に限らず、何かモヤモヤした状況に説明を付けられたときには『そっか!(Aha!)』という情動が生じます。この情動が報酬となり、それに対する期待が説明(理論構築)への動機づけになります。

それだけでなく、説明がつかない状態を感知したときに人を問題解決(意味づけ・理論構築)へと向かわせる情動もあります。本書によれば「不確かさ」(uncertainty)も情動に分類されており、これは不安の感情を引き起こします。問題の解決に向けて期待で引っ張るだけでなく、不安で背中も押すという感じですね。

さらに、理論の精度を高めさせる情動もあります。実はここが本書の主題へとつながっていくのですが、ある種の「おかしみ」、たとえばヘンな誤字を見つけて「くすっ」となる情動は、理論や信念のほつれを見つけたことに対する報酬だというのです。

著者は次のような言葉で、情動を脳の支配者と呼んで高い地位を与えています。『脳におけるすべての制御、認知プロセスのなかでなされるすべての優先順序決定、すべての組織化、すべての抑制・促進、手開始・停止、強化・抑圧は、本書のいう認知的情動によってなされている』

このような、人を「説明」「意味づけ」「理論構築」へと向かわせる情動を、仮に「知性への情動」と名付けておきましょう。

「知性への情動」からの報酬とは

「知性への情動」が差し出すタスクをこなし続けていくと、何が起きるのか。いってみれば「究極の報酬」は何なのか。そう考えたとき、一つのリストが頭に浮かんできました。

  • 有意味感(meaningfulness) ― 情動的、動機的側面を表し、自分の人生が意味あるものと感じる程度であり、それは、少なくとも、人生における課題、問題はチャレンジであり、エネルギーを投入するのに値するものと見なす程度である。
  • 把握可能感(comprehnesibility) ― 認知的側面を強調した要素であり、自分が直面している問題は自分にとっては秩序だった一貫したもので了解可能であると信じられる程度である。
  • 処理可能感(manageability) ― 行動的、手段的側面(Instrumental aspect)を強調した要素であり、自分が直面している問題にうまく対処するために、自分の資源を動員することができると信じられる程度である。

「健康さ」の源にある首尾一貫感覚*ListFreak

これは過去に『 健康の素は「自分の人生には一貫性がある」という感覚』というノートで紹介しました。深刻なできごとを経てなお心身の健康を保っている人の観察からの考察です。

人生の意味を感じ、その中で起きることを理解でき、かつそれに対処できると思える感覚。情動が事象の意味づけや問題解決へと人を促すならば、このような感覚を持てる状態が究極の報酬だというのは、仮説として悪くないように思えます。

「知性への情動」に耳を傾ける

これは簡単には検証できない、というか一生をかけての検証になってしまいますが、どこまでやるにせよ最初のステップは明らかです。情動を細やかにつかめなければその次はないので、通常のEQトレーニングと同様に「情動の声に耳を傾ける」ところから始めねばなりません。

著者がこのあたりの文章で認識的情動として挙げていたのは、好奇心、混乱、退屈、おかしみ、ひらめき、発見、説明(そっか!)あたりです。日常の仕事や生活のなかで生じるそういった情動を、しばらく観察してみたいと思います。