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コンセプトノート

570. 必要最小限(Minimum Viable X)

絶滅のMVP、創造のMVP

同じ日に2つの”MVP”を目にしました。

一つめは、デザイン・コンサルティング企業IDEOを率いるデイヴィッドとトムのケリー兄弟による『クリエイティブ・マインドセット』 。読者の創造性を呼び覚ますことを目的としたこの本で、著者は迅速な改善のために《実用最小限の製品》を作ってみることを勧めています。これがMVP(Minimum Viable Product)と名付けられていました。命名者は『リーン・スタートアップ』のエリック・リースとのこと。

二つめは、古生物学者デイヴィッド・ラウプの『大絶滅―遺伝子が悪いのか運が悪いのか?』。生物種の絶滅を論じたこの本によれば、生物種の個体数にはそれを下回るとさまざまな理由できわめて絶滅しやすくなる下限値があり、《種を維持できる最小限の個体数》という意味でMVP(Minimum Viable Population)と呼ばれているそうです。
※ MVPを下回ると何が起きるか、興味がある方は「小集団を絶滅させる原因」(*ListFreak)を参照してください)。

2つのMVPに共通しているのは”Minimum Viable”、つまり「生存/実行するために最小限の」という言葉です。

かたや何かを生み出す話で、かたや何かが死に絶える話です。正反対の文脈ではありますが、生と死の境界線を論じているという観点は同じ。だから同じMVという概念が使えます。

MVXを問い直す

《新しい何かを生み出すために、あるいは重要な何かを滅ぼさないために必要な、最小限の資源》。これをMVX(Minimum Viable X)と名付けてみます。MVXを強く意識すると的を外さない意思決定ができそうに感じられたので、具体的に考えてみました。

たとえばプレゼンテーションの準備。時間をかけようと思えばいくらでもかけられてしまいます。ふと気づくと内容の吟味はそっちのけでフォントやオブジェクトを整えることに多大な時間を費やしてしまい、言い訳がましく「神は細部に宿る」なんて自分に言い聞かせたりします。

こんなとき、MVP(Minimum Viable Presentation)は何か?と自分に問うてみたら、どうでしょうか。それなしではプレゼンテーションが成立しない必要最小限とは、何か。
たとえばスライドは必要最小限かといえば、NOです。プレゼンテーションが単なるスライドショーではないとすれば、プロジェクターが故障してもプレゼンはできなければなりません。そう考えると、聞き手に持ち帰ってほしい最小限のメッセージを絞り込むことが自然にできてきそうです。

あるいは、持ち時間が仮に1時間だったとして、それが必要最小限かといえば、やはりNOです。当日いきなり時間の短縮を依頼されたとして、59分間では話ができないと言って断るか?30分間では?5分間では?一言では?そう考えていくと、時間がゼロでない限りプレゼンテーションは成立し得るし、そのときに何を言うべきかもイメージできてきます(準備が無駄になるので悲しい思いはするでしょうけれど)。

ガイコツでなく赤ちゃんをつくる

このように思考実験をしながら面白かったのは、プレゼンのMVX(MVP)を考えるのは単にプレゼンの「要約」を考えるのとは違う作業だ、と感じていたことです。

プレゼンテーションを人間の体にたとえるなら、要約は骨格標本のイメージです。しかしMVXを考えていたとき、わたしの頭の中にあったのは赤ちゃんのイメージでした。小さいながらも実際に息づく生命をイメージしていました。

たとえば1時間のプレゼンが5分間になったとします。1時間で伝えたかったことの要約がプレゼンのガイコツです。しかし要約を早口で読み上げても、プレゼンテーションにはなりません。プレゼンの赤ちゃんは、笑顔やアイコンタクトにあふれた、5分間の完結したプレゼンです。要約を早口で読み上げるガイコツアプローチより伝える量は少なくなっても、聞き手に伝わるものは多くなるでしょう。

赤ちゃんの比喩がうまく伝わったかどうか自信がありませんが、わたしにはかなり腑に落ちるメタファーです。『クリエイティブ・マインドセット』で強調されているプロトタイピング(試作品づくり)でも、精密な骨格標本ではなく、生命の宿った赤ちゃんのはずです。

この発見は、ほったらかしにしているいくつかのプロジェクトにも光を当ててくれました。たとえば、ある思いつきを本にまとめたいと思いつつ、構想ばかり大きくなって目次すらまとまらないプロジェクトがあります。このプロジェクトのMVXは何だろうと考えてみると、目次ではなく、ごく限定した部分を仕上げてみることかもしれないという気づきがありました。その一節が完成イメージの象徴(赤ちゃん)として機能すれば、死にかかったそのプロジェクトに命を吹き込めるかもしれません。