カテゴリー
コンセプトノート

497. 空・雨・傘を疑う

「空・雨・傘」教

「ソラ・アメ・カサはよく使う」
研修講師としてお邪魔していた会社で、そんな言葉を耳にしました。休憩時間、仲間うちの雑談でしたが、テーマが思考トレーニングだったので、「考える」系の話題になっていたのかもしれません。

空・雨・傘は、問題解決や思考の原則としてよく引き合いに出されます。

  • 空(事実―現状はどうなっているか):黒い雲が広がってきた
  • 雨(解釈―その現状が何を意味するのか):雨が降ってきそうだ
  • 傘(行動―その意味合いから何をするのか):傘を持って出かけよう

空・雨・傘*ListFreak

このリストを引用した『マッキンゼー流 入社1年目問題解決の教科書』では、『マッキンゼーでは、この思考を徹底させられます』と太字になっています。その他すこし検索してみても、マッキンゼーをはじめとするコンサルティングファームが使いこなしている最もポピュラーなフレームワーク、といった感じで、できる社会人の必携ツールのような扱いを受けています。

「空を見て雨が降りそうだから傘を持っていこうなんて、当たり前だろう」と読者が思うのを見越してか、ほんとうの使い方・深い使い方もあれこれ解説されています。

「空」のステップでは、一次情報をしっかり収集することが求められています。「雨」では、空を見て未来の天気に思いを馳せる発想や、雨の降る確率を想定する分析力が問われます。「傘」だって、雨除けの方法はいろいろある中で傘を選ぶわけですから、暗黙の裡に、戦略オプションの洗い出しと判断基準に照らした絞り込みが行われなければなりません。

……絶賛されている文章ばかりなので、天邪鬼な気持ちが頭をもたげてきました。そこまで深読みしなければ使えないということは、使い手の勉強不足ではなく作り手の説明不足というべきでしょう。

「空・雨・傘」を疑う

もし空・雨・傘が

  • 空は晴れているけれど、それは今・ここでの話であって、
  • 雨に降られるかもしれない(夏・夕方・都心ではゲリラ豪雨がある)から
  • 傘より軽い雨合羽を鞄に入れておこう

という感じであれば、いかにもステップ毎に立ち止まっている「考えている」感じがあります。
「空を見て、雨が降りそうだから、傘を持とう」は、本当に思考ステップの例として好適なのでしょうか。

「空・雨・傘」でAmazon.co.jpの和書コーナーを検索すると、このフレームワークを紹介している書籍が25件くらいヒットします。一方、Amazon.comで”sky rain umbrella”と検索しても、ビジネス書は1件もヒットしません。

Googleで英語のサイトを対象に”sky rain umbrella”で、またはこれを”mckinsey” “problem solving”という言葉と組み合わせて検索しても、上記のような使い方を解説した情報にはまったくといっていいほどヒットしません。

どうやら、日本ローカルな言葉のようです。日本ローカルだから使えないという話ではありません。ただマッキンゼー流という言葉には、グローバルコンサルティングファームが世界共通に採用しているという含みがありますが、そういう証拠が見つからなかったという話です。そして実際以上に権威づけがされたメッセージに対しては、すこしていねいに根拠を探さなければなりません。

実は「空・雨・傘」の例えは、論理的思考というよりは自動応答的な思考の存在を説明する例としてよく使われています。学術論文を検索できるGoogle Scholarで”sky rain umbrella”を検索してみればすぐにわかります。

そしてこちらの用法では、空→雨→傘の含意は、雨(つまり解釈)のステップが重要ということではありません。空を見て傘を持っていこうと思うとき、言語化されなくても「雨が降りそうだ」という解釈がすでに入り込んでいるということなのです。

当然ですよね。解釈があるからこそ、スリッパでなく傘を持って出かけるのです。そしてこの解釈は、状況と行動の間に必ず入り込んでおり、これを抜くことはできません。

悪口を言われてムッと来たというような情動的な、瞬間の応答に近い反応でさえ、人間の解釈が入り込んでいます。このノートでも何回か紹介したABC理論を再掲しましょう。

  1. Activating event: きっかけとなる出来事)――あの人が私を誉めない。
  2. (irrational Belief: 理性的でない信念)――あの人は私を誉めナケレバナラナイ。
  3. (emotional Consequences: 感情的な結果)――怒り。

論理療法による3分間セラピーの6ステップ*ListFreak (最初の3ステップのみ引用)

まとめましょう。事実を観察すること、その事実が起きた原因やその事実が及ぼす影響を解釈すること、その解釈に則って具体的な行動を提案すること、これらはいずれも重要なステップです。問題はそれを「空・雨・傘」に例えるところにあります。このように日常生活の中で半自動化されているステップが合い言葉では、現場で深い思考を促す力がありません。無批判に空・雨・傘を紹介しつつ「本当に使える人は少ない」と嘆いてみせるコンサルタント諸兄には、事実→解釈→行動の思考をもっと促しやすい言葉のセットを探す余地があるはずです。読者においては、一度概念を飲み込んだら、自分にしっくりくる言葉のセットを探すべきでしょう。

空・雨・傘に代えて

なんちゃって。すみません、【「空・雨・傘」を疑う】の項はでっち上げです。『実は「空・雨・傘」の例えは、論理的思考というよりは自動応答的な思考の存在を説明する例としてよく使われています』という文には根拠がありません(実際にGoogle Scholarで検索してみると、「予測」の例として比較的よく使われているようには思います)。その他、”sky rain umbrella”が英語サイトで見つからないとか、日米Amazonの検索結果とか、ABC理論そのものとか、根拠にした情報は本物です。

個人的には、空・雨・傘が使えないとは思わないけれどセクシーだとは思えない、というところです。先述したように空・雨・傘バンザイ的文章が多かったので、ちょっとひねくれたことを言いたくなりました。

ここまで、「空」の項、「雨」の項というつもりで書いてきました。「雨」はお遊びの理屈だったとはいえこの「傘」の項で何か代案を出して終わらないとオチがつきません。残念ながら空・雨・傘のような具体的でわかりやすいセットを思いつけなかったので、わたしのお気に入りを紹介します。

  1. What?(事実) ― 何が起きているのか?
  2. So what?(解釈) ― 要するに、何が言えるのか?
  3. Now what?(行動) ― で、どうするのか?

3WHATs – シンプルな振り返りのフレームワーク*ListFreak を編集

これも事実-解釈- 行動です。ふだんは振り返りに使っていますので、空・雨・傘の代用になるよう文言を変えてみました。覚えやすさは十分ですし、たたみかけるような問いかけで思考を引っ張ってくれます。