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奇跡の脳

  • タイトル:奇跡の脳
  • 著者:ジル・ボルト テイラー(著)、Taylor,Jill Bolte(原著)、薫, 竹内(翻訳)
  • 出版社:新潮社
  • 出版日:2009-02-01

ミニレビュー

奇跡の脳の持ち主による、奇跡の書物。若干37歳で脳卒中によって左脳の言語機能を失い、そこから回復した脳科学者による手記です。とりわけ、脳卒中が襲ってきて左脳の機能が失われていく数時間を再現したくだりは圧巻で、言語機能を一度失って回復した人にしか書けない貴重な記録ではないでしょうか。

著者自身が述べていますが、左脳にある言語機能が損なわれた状態というのは、瞑想の修行者が到達する境地に極めてよく似ています。たとえば

引用:

左脳とその言語中枢を失うとともに、瞬間を壊して、連続した短い時間につないでくれる脳内時計も失いました。(引用者注:著者の意識は)言葉で考えるのをやめ、この瞬間に起きていることを映像として写し撮るのです。過去や未来に想像を巡らすことはできません。なぜならば、それに必要な細胞は能力を失っていたから。わたしが知覚できる全てのものは、今、ここにあるもの。それは、とっても美しい。(太字は引用者による)

「言葉で考えるのをやめ、この瞬間に起きていることを映像として写し撮る」という表現を、瞑想を体得された方の言葉と比べてみてください。

引用:

知覚された瞬間に、その世界が崩壊する。異様な鮮明さで出現した世界が、その瞬間に崩れ去っていく。一秒間に数十回も発光するストロボのような速度と鮮明さで、そうした光景が目の当たりとなる時、安定して存在していた世界は、思考がまとめ上げた概念の世界であったことが直観されるのです。
― 地橋 秀雄 『ブッダの瞑想法―ヴィパッサナー瞑想の理論と実践

左脳の重要な部位が機能しない(左脳が独りごとを言うのをやめた)という特異な状況で、著者は感情のはたらき・時間の感覚・こころの安らぎなどについて、ほとんど宗教体験のような体験をします。実際、「右脳マインドは、因果関係が引き起こす現象を全面的に賞賛します」などというくだりは、初期仏教の本を読んでいるかのようでした。

「右脳マインド」「左脳マインド」といった(なんとなく脳科学者らしくない)表現に出合うと、そんなに単純でもないだろうと思ってしまいます。しかし全般に、著者がきわめて率直に語っているであろうことが分かるので、当事者はそのように体感するのかと思って読みました。