ミニレビュー
人生の王道
著者の辻さんはベンチャーキャピタリスト。創業間もないアーリーステージの企業にも積極的に投資することと、徹底したハンズオン(自ら経営に参画すること)の姿勢で投資先企業に接することで知られています。
その辻さんが書き留めてきたコラムを書籍化したのが本書。含蓄にあふれるショートストーリーが、以下のような章立てで99集められています。
第1章 基本は挑戦である―会社が生き続けるために必要なこと
第2章 人が価値を生む―会社が成長するために必要なこと
第3章 決断の時が来る―成功を阻む壁は、自分自身が作っている
第4章 愚直さがツキを呼び込む―清く、正しく、地道に行こう
第5章 センスを磨く―ビジネスチャンスを生かすために必要なこと
「経営の王道」についての本ではありますが、読んでハッとするのは社長だけではありません。ベンチャー企業の経営者の意志決定は、仕事と生活、組織と個人、大義と利己、長期的な成長と短期的な利益など、ともすると複雑で困難なものになりがちです。
そんな創業者の真横にいて彼らを叱咤激励してきた辻さんの観察と考察が詰まったこの本は、自分が人生の経営者であることを自覚しているすべての人にとって、思わず控えておきたくなる「いい言葉」にあふれています。
以下、わたしが線を引いた箇所を紹介していきます。厳しいが、実は優しい。短いが、実は深い。そんな文章ばかりです。
ないない尽くしでスタートするベンチャー企業が成長していくプロセスは、偶然出会ったお客さまを一生のお客さまにしていく過程である。
「信用の蓄積が成長の分岐点になる」
顧客を「獲得する」「開拓する」と言いますが、これらはそのためのツールを持ち、人を配することができる企業にのみ許されるぜいたくな行為です。スタートアップ企業にはそのような資源はありません。ではどうやって弾みを付けていくのか。それは「偶然出会ったお客さまを一生のお客さまにしていく」という謙虚な姿勢です。
自信が持てないというのは、起業家にとって必要不可欠の資質である。自信が持てないと起業ができない、という理屈自体が間違っている。ベンチャービジネスは、自信なく、恐る恐る始めていくものである。
「自信満々ほど危険なものはない」
転機に読み返したい一節です。上の引用文に限らず、不安と付き合いつつリスクを取る、つまり行動するためのヒントには事欠きません。
結果責任を負う経営者は、何とかしようという強い気持ちを、支援を求める謙虚な姿勢に変えていくことが必要になる。
「支援を求めて「踊り場の危機」を乗り越える」
個人では乗り越えられない壁に突き当たったときに、どうすればよいか。もとより、最初から独りでやってこられたわけではなく、たくさんの人に支えられてここまで来られたのだという「原点」を思い返すせ。自分だけで何とかしようとするな、謙虚に支援を求めろ。辻さんはそう説いています。
本としての出来の良さにも注目
ネット書店の書影では分からない情報をひとつ。本の最後に3枚ほどの白紙が添えられています。これは、100個目の「王道」は自分で見出して書き込んで欲しいという辻さんからのメッセージ。だから99しか無かったのですね。
装幀は長友啓典氏。同氏の手になる題字の隣に、黒田征太郎氏のイラストが踊っています。解説は銀行員出身の作家である江上剛氏が務めています。「お、凝ってるな」という印象を、外からも中からも受けた好著でした。