ミニレビュー
■ 途方も無いスケールの「学び」録
アメリカ先住民族の中で一万年も語り継がれた「口承史」を英語の文章に書き留めたもの(の日本語訳)です。
風景や気候の描写からいつ・どこでの話なのかが推測できるらしいのですが、それによると話は1万年と少し前から、朝鮮半島の近くにいた一族(子どもと自分で歩けない者を入れて53名)がベーリング陸橋を渡って北米大陸をめざすところから始まっています(途中で、アフリカの樹上生活を捨てて地中海へ、さらにアジアと移動する更に古い記憶も語られています)。
当然様々な苦労を重ねていくのですが、主人公である<歩く民>は、その中で培った「知恵」を忘れないことを非常に重視します。口承史といっても神話のように抽象化されず、ある種の処世訓・人生論のような物語の積み重ねであり、実用的な「知恵」として生き続けてきた様子がうかがえます。
ではこの本からのわたしの学びを幾つか。
□ 選択の重要性について
選び方はたくさんあるが、多くの場合すばやく選ぶことが最善で、さもないと選んでも手遅れになりかねない。
p26
生死を賭けた選択を繰り返していくなかで培われた知恵です。
(参考)
「一万年の旅路を歩み継ぐ」(HotWired Japan)
(初:2003/8/18)
□ 変化を受け入れることの重要性について
災害から逃れてアジアから北米まで歩き通し、さらに安住の地を求めて歩き続けるかどうかを議論して。
「変わろうとすることじたいを大切にするべきではあるまいか。変わろうとしない者たちこそ、われらのうしろでじっと大地に横たわるのではあるまいか」
p92。「じっと大地に横たわる」は「死ぬ」こと。
何千年の旅の途中で多くの民族に出会いますが、その多くは彼らのような変化への耐性を持ち合わせず、ひどい損害を被ります。
□ 目的意識の重要性について
目的を持つことの重要性も繰り返し説かれます。一人ひとりがそれぞれの道について考えてみようという、(驚くべき)内省の呼びかけを通じて:
こうして彼らは、団結の源が目的意識の中にあると考えるようになった。そして道の本質が多様性をもたらすのだ、と。彼らはまた理解した。多くの道が同じ目的地につながり、それらの道どうしのあいだには、互いに学び合えることがたくさんあるのだ、と―。
p92
そんなわけで、一族全員がまたいっせいに立ち上がり、その山のほうへ顔を向け、確かな目的をもって不確かな道をたどったのであった。
p108
「確かな目的をもって不確かな道をたどった」一族の歴史。この本全体をひと言で表現するとしたらこれかもしれません。
□ 子孫を考えることの重要性について
「子どもの子どもの子ども」という言葉も繰り返し出てきます。例えば北米大陸のどちら側をめざすかを考えるとき、この決断は後に続く世代が影響を受ける決断でもあるという視点を持っています。またこのような口承史を注意深く歌い継いでいこうという強い意志を支えていたのも、先祖の知恵を後世に遺そうという思いでした。