ミニレビュー
ジャーナリズム×アカデミズム = 読みやすくてためになる
序章とまとめを除いた本書の中心は、13のイノベーション事例。すべて日本企業です。似たタイトルに、昨年のビジネス書ベストセラー『イノベーションへの解』がありました。米国の、学問臭の強い(失礼)本ですが、こちらはより幅広い日本の社会人に読まれることを強く意識しています。
それはおそらく、経営者や企画屋だけでなく、イノベーションの当事者のミドルにこそこの本を読んで欲しいという強い目的意識があるからでしょう。
帯に「立て、ミドル」とあるように、この本ではイノベーションの原動力としてのミドル層のはたらきを重視しています。
『あらゆるイノベーションは矛盾解消プロセスによりもたらされます』とあります。矛盾解消プロセスとは正と反から合を産み出す弁証法的プロセスであり、企業内で理想と現実からイノベーションを産み出しているのはミドルであるということを、事例を使って分かりやすく解説してくれます。
例えばミドルアップダウン・マネジメント。トップダウンでもボトムアップでもなく、強い意志を持ったミドルマネジャーが『トップと第一線社員との結節点に立ち、相互の矛盾を解消しながら知識創造プロセスを回していく』事例として、ヤマハの「光るギター」が取り上げられています。
問われる「ありたい自分」
ということは、「イノベーションの本質」はつまるところ個の「強い意志」ということになるのでしょうか。
そうなのです。○○・マネジメントという方法論は、事例を後追いして理論化したパターン集としてもちろん有用です。しかし、その仕組みだけがあれば自動的にイノベーションを起こせるというものではありません。
「イノベーションの本質」は何なのか。著者のメッセージは「まとめ」という40ページ強の章に集約されています。章題は「自分は何をやりたいのか ― 脱・傍観者の経営をめざして」。創造をめざすならば、分析的(客観的)視点だけでなく主観的な視点を持たねばならず、その「主観的な視点」とは詰まるところ「自らの思い」であるとして、こう記しています。
つまり、「自分はどうありたいのか」「どうありうるのか」という未来の可能性が見えてはじめて、過去に蓄積された知識やノウハウは意味を持つようになり、再構成される。そして、未来と過去が一体となったとき、現在(今、ここ = here and now)の刻一刻の生き方がわかる。過去が今を決めるのではなく、未来というものを置くことによって、過去が意味づけされ、今が決まる。未来によって主導されてこそ、今というときが日々、生き生きと刻まれるのです。
ビジョニング専攻 として様々な文献に目を通してきましたが、「個の思い」と「企業におけるイノベーション」のつながりをここまで直接的に論じた本は初めてだと思います。上の引用文は以下のように続きます。
この考え方は、本書に登場した物語の主人公たちの姿を思い浮かべるとき、とても示唆的です。彼らのほとんどはミドル層に位置する人々でした。(略)ミドルが成し遂げたイノベーションが心に残るのは、それが小手先の商品開発などではなく、それぞれに自分はどのように生きていくべきなのかという存在論的な問いかけがあり、未来を見据えた上での行動だったからにほかなりません。
14個目のケース?
『読者の関心の高さや社会的な注目度、話題性などを物差しにして選んだ』というだけあって、最近の有名なヒット事例ばかり。それぞれの事例は読みもの風の「物語編」と成功要因の解説「解釈編」からなり、さらに物語編は複数の「ポイント」、解釈編は複数の「本質」から構成されています。
事例の親しみやすさ、ケースの読みやすさ、そして学問的な解説の充実。必ずしも相容れる要素ではありませんが、この本ではそれらがうまく噛み合っています。企画(ワークス研究所&日経BP)と書き手(勝見 明氏)と知恵袋(野中 郁次郎氏)のチームでイノベーションに挑んだ事例として、この本自体が14個目のケースに数えられるべきかもしれません。