ミニレビュー
●「気持ち」と「心」と「思考」が生じるメカニズム
著者は脳低温療法という両方を開発した脳神経外科医。長年の臨床経験から、「気持ち」と「心」、そして「思考」が生じるメカニズムについての仮説を立てるにいたりました。
私は、前頭前野――線条体――A10神経群――視床に、記憶機能を受けもつリンビツク・システム(大脳辺縁系)と呼ばれる神経も加えて、これらの神経群が一つの連合体をつくって、人間の心や感情、意識、記憶、思考などをつくり出しているのではないかという仮説にたどり着いたのです。(p58)
外から来た情報は、この連合体(著者は「ダイナミック・センターコア」と命名しています)をぐるぐるめぐる。その一部に感情を作り出す部位があるがゆえに、感情は記憶にも、そして思考にも関係する。だから前向きな感情は脳を活性化させる。あらっぽくまとめると、そういう論理だと理解しました。
しかし、脳に詳しい方が書かれる啓蒙書を読んでいてしばしば感じることですが、どこまでがサイエンスでどこからがアート(個人的な見解)なのか、よく分からないところがあります。「主張には共感するが、その根拠には懐疑的にならざるを得ない」という、ちょっと気持ちの悪い思いをしながら読みました。
たとえば、上記の引用部の少しあとの太字部分。
ですから、頭がよくなりたい、能力を高めたいと思ったら、このダイナミック・センターコアに含まれている神経群を刺激するような行為を努めればいいということになります。
たとえば、「おもしろい」「興味がある」「好きだ」「意欲をかきたてられる」「感動した」などと思いながら仕事をする、勉強をする。そうすることによって、それぞれの神経群が活性化されて考える能力は高まるのです。(p58)
興味を持って取り組んだほうが、考える能力は高まる。これは一般的な経験談としては共感できます。しかし「神経群が刺激されて活性化すること」と「考える能力」とのあいだに本当に相関はあるのでしょうか?「感動」によって気持ちが昂ぶり、うまく考えられないこともあります。ネガティブな体験によってイライラッと来る、といったことも「刺激」だと思うのですが、このとき考える能力は高まっているのでしょうか?そもそも、考える能力の高低をどう測ったのか……?などなど、納得!というところまでの材料が提示されていないように感じられます。
●「勝ち負け」のパラダイム
もう一つ、特徴的だなと感じたのが、著書全体を貫く「勝ち負け」重視の姿勢。ご自身は「人の○倍」努力したとか、イチローは「相手の長所をつぶす」とか、他者との(相対的な)勝ち負けや比較をとても重視しているように感じます。タイトルにある「望み」とは、引かれている事例などからすると、ほぼ「他者より抜きん出る」ことと同義であるようです。脳というのはとりわけ勝負事にコーフンするようにできているということでない限り、これは著者の価値観の反映なのでしょうね。