ミニレビュー
ナチス強制収容所の体験記で、著者が精神分析学者ということだけ知っていました。わたしが読んだのは2002年の新版ですが、Amazonの書評などを見ると1956年に訳された版は名訳らしいですね。
強制収容所では「生きていることにもうなんにも期待がもてない」と思ってしまうことが身体の抵抗力を弱めて死につながってしまうそうです。そんな環境で著者が『生き延びる見込みなど皆無のときに私たちを絶望から踏みとどまらせる、唯一の考えだった』として記している部分を引用しておきます。
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ここで必要なのは、生きる意味についての問いを百八十度方向転換することだ。わたしたちが生きることからなにを期待するかではなく、むしろひたすら、生きることがわたしたちからなにを期待しているかが問題なのだ、ということを学び、絶望している人間に伝えねばならない。哲学用語を使えば、コペルニクス的転回が必要なのであり、もういいかげん、生きることの意味を問うことをやめ、わたしたち自身が問いの前に立っていることを思い知るべきなのだ。生きることは日々、そして時々刻々、問いかけてくる。わたしたちはその問いに答えを迫られている。考えこんだり言辞を弄することによってではなく、ひとえに行動によって、適切な態度によって、正しい答えは出される。生きるとはつまり、生きることの問いに正しく答える義務、生きることが各人に課す課題を果たす義務、時々刻々の要請を充たす義務を引き受けることにほかならない。
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