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「豊かさ」の誕生―成長と発展の文明史


ミニレビュー

■世界が豊かになったメカニズムとは

師走になって、今年のベスト1かもしれない本に出会いました。

ある調査によれば、『1820年以前の世界には経済成長は存在せず、それ以降にだけ持続的で強力な成長が見られる』。この調査に目を通した著者が、近代世界における急激な経済成長のメカニズムを解き明かそうと試みたのが本書です。

構成については、著者による端的なまとめを引用します。

引用:

 

 本書は必然的に「なぜ」「どのようにして」「これからどうなる」という三つの部分に分かれる。「なぜ」を扱う第1部では、経済成長をもたらす最も根本的な諸要素を特定しようと試みている。第2部では、それらの要素が各国で、どう展開していったかを検討する。第3部では、この二世紀間の爆発的な経済成長が、どのような社会的、政治的、軍事的影響をもたらしたかを論じている。(p3)

全体の半分を占める第1部では、前近代から世界の経済史を総括し、近代経済成長の要素がわずか4つに集約できることを示しています。すなわち
・私有財産権(成長のドライバー)
・科学的合理主義(成長の知的枠組み)
・資本市場(成長の資金源)
・迅速で効率的な通信・輸送手段(成長の物質的インフラ)
の4つ(カッコ内は引用者による)。

第2部ではこの枠組みに則り、国々を大きく3つに分けて、成長(あるいは停滞)のメカニズムを検証していきます。早期に成長路線に入った勝ち組(オランダ、イギリス、アメリカ)、キャッチアップ組(スペイン、フランス、日本)、そしてこれらの国々のようには成長できなかったイスラム世界とラテンアメリカ世界の3つです。

個人的には第2部からが俄然面白くなりました。例えば日本の経済発展の歴史と展望をわずか15ページほどにまとめているのですが、これが実に分かりやすい。例えば大化の改新とは何だったのか。

引用:

 

大化の改新によって、すべての土地は国有とされ、貴族や戦士身分の者には給与が支払われることになった。一〇〇〇年後になって、農民に土地所有権を(引用者注:原文では「の」)ほとんど認めないという、この制度が、日本の支配階級に破滅をもたらすこととなる。(p316)

■知的誠実さとは何か

これだけ広範なテーマを扱いながら、できるだけ定量的に、かつ分かりやすさを損ねずに論を進めるのは並大抵の知性ではありません。訳者の徳川家広氏は、訳者あとがきで『訳し終えて強く感じるのは、著者バーンスタインの知的誠実さだ。』と書いています。

これに関連し、著者本人の考察ではありませんが、ぜひとも書き留めておきたいと思った個人的な発見を一つ。それは、相関関係から因果関係を読み解く方法。
世界価値意識調査(WVS)によれば、「生存/自己表現」(大まかにいって、『個人がマズローの欲望ピラミッドにおいて、底辺からどこまで上昇したか』)の高さ、つまり国民の幸福度と、民主的な政治制度の強さには強い正の相関関係があるそうです。往々にして相関関係を見出すのは容易ですが、メカニズムを考える上では、それらに因果関係があるか否かを検証する必要があります。

引用:

 

ここで本当に重要なのは、ニワトリが先か卵が先か、ということだろう。民主主義が自己表現の度合の増加をもたらすというのも、自己表現の度合の増加が民主主義をもたらすというのも、同じくらいありそうなことではないか。(p367)

多くの場合、このニワタマの関係を解き明かすのが難しい。わたしは、論理的に妥当なシナリオが立てられるか、第三第四の因子を加えて構造化し、時間的な前後関係が見出せないかどうかというアプローチで考えることが多い(他のやり方を知らない)のですが、ここでは面白い方法で因果関係を推測していました。先の引用部分の続きを引用します:

引用:

 

 幸い、イングルハートとヴェルツェルは「時間差クロス相関比較」という統計手法を用いて、二つの変数の間の因果関係を特定した。具体的には、一九九五年の「生存/自己表現」と二〇〇〇年の民主主義の間の相関のほうが、二〇〇〇年の「生存/自己表現」と一九九五年の民主主義の間の相関よりもずっと高い――言葉を変えれば、現在の民主主義は、それより前の「生存/自己表現」の高得点との関係が強く、これに対して現在の「生存/自己表現」の高得点と、それより前の民主主義との関係は、それよりずっと弱いということを発見したのである。先に来るもののほうが原因だろうから、「生存/自己表現」の高得点が、民主主義の強さをもたらす、と考えられる。

(参考)
World Values Survey(世界価値意識調査)
Efficient Frontier(著者のWebサイト)