ミニレビュー
著者は将棋棋士の渡辺 明氏。わたしは将棋に詳しくないので、プロ棋士として初めてソフトウェア(「ボナンザ」)と対戦したという話題を通じて初めて氏のことを知りました。若干23歳ですが中学生からプロとして活躍しているとのこと。
「頭脳勝負」なんてすごいタイトルで本が書けるのは、棋士だけだな。
と思いつつページを繰っていくと、第一章から「頭脳だけでは勝てない」。将棋がそうであれば、純然たる頭脳勝負など世の中にないのでしょう。
将棋の指し方ではなく楽しみ方を知ってもらおう、棋士という存在を身近に感じてもらおうという、啓蒙意欲が窺える本です。将棋界を盛り上げていこうという使命感のようなものを感じました。
全脳勝負
たしかに、考え抜くプロの生活が垣間見えるところは、面白い。
例えば、プロの間では「直感は正しいことのほうが多い」と感じている人が多い(と著者は観察している)。これはなぜか。
これはプロになる人間はみんな頭が良くて優秀だから、ではありません。プロ棋士はみな、修業時代から今日まで、日々、プロの将棋に接しているわけです。良い物だけを選んで経験を積んでいるわけですから、自然と、正しい手から見えるようになる、ということだと考えられます(「直感の精度」)
直感だけに頼って手を決めることはないものの、どの手から読む(検討する)かは、かなり直感(第一感)に頼っている様子です。
第一感が冴えていれば、いい手から考えて、その手を確認していくことになります。他の良くない手を読む時間を省くことができます。(「直感の精度」)
プロ棋士が「直感が冴えていれば……」などと、直感に頼っているようではダメなのではないかと、つい僕などは感じてしまいます。しかし、よく考えてみると、それは「頭脳勝負」という言葉を「左脳勝負」というイメージで理解しているからかもしれません。左脳の情報処理パターンが逐次的(ひとつずつ)であるのに対し、右脳のそれは全体的・瞬間的であるといいます。
脳味噌の使える機能は全てフルに使っているであろう棋士は、「左脳勝負」でなく「全脳勝負」をしているのだと解釈すれば、直感を大事にする理由も分かる気がします。
そういった「全体的・瞬間的」な思考プロセスの例は、いくつか登場します。例えば、二日制の対戦での話。初日の戦いをやや劣勢で終えた著者は、当然夜も考え続けます。考え疲れて布団の中に入ったら、ふとある局面が浮かんだ。よく見てみると、五手先の局面。途中経過を飛ばして、五手先の局面が突然浮かび上がったというのです。
考え抜いた末に発見したよりも「ふと、ひらめいた」という感じでした。思わず、布団からガバッと飛び上がりました。(p159)
ひらめきも能力(脳力)として鍛えられる。そう信じさせてくれる本でした。