「情動のハイジャック」を防ぐ「シックスセカンズ・ポーズ」
売り言葉に買い言葉。瞬間湯沸かし器。火に油を注ぐ。われわれは突発的な事態に直面すると、往々にして感情のコントロールを失ってしまいます。ダニエル・ゴールマンはこういった状態に「情動のハイジャック」(『EQ こころの知能指数』)という印象的な名前を付けました。
動機づけの研究で知られるロチェスター大学のエドワード・デシ教授は、自律的になるにはこういった情動に飲み込まれない能力が欠かせないとしています。
感情が行動を決めるかわりに、どう行動するかを選ぶための一つの情報となる。行動は感情の自覚と達成しようとする目的を考慮したうえで選ばれる。
『人を伸ばす力―内発と自律のすすめ』
「情動のハイジャック」を防ぎ、デシ教授が理想とするような行動を選択するには、どうすればよいのでしょうか。
幸いなことに、情動の寿命は数秒であることが知られています。EQ関連ビジネスを手がけるEQジャパンを率いる高山直氏は「シックスセカンズ・ポーズ」という方法を紹介しています。
怒りを感じたら「一、二、三、四、五、六」と六秒程度かかるように、ゆっくり数を数えます。次第に気持ちが落ち着いてくるのがわかるはずです。これはアメリカでは「シックスセカンズ・ポーズ」といわれるもので、EQ教育のパイオニア的存在である団体が子どもたちの情操教育に使って成功している方法です。
『EQ こころの鍛え方 行動を変え、成果を生み出す66の法則』
数でなく花の名前を六つ思い出してみるのも有効とのこと。とにかく気をそらして、情動が鎮まるのを待つということですね。
デシ教授は、情動をただやり過ごすだけでなく「どう行動するかを選ぶための一つの情報」として扱うと言っています。この辺りを掘り下げたのが、エール大学のピーター・サロベイ教授らによって提唱された「EI(EQ)理論」にほかなりません(代表的な書籍へのリンク)。
感情を素早く言葉にする「ラベリング」も有効
情動をやり過ごすだけでなく、そこにひそむ意味を探るもっとよいやり方はないか。友人に紹介された、原始仏教の瞑想法(ヴィパッサナー瞑想)の入門書にヒントがありました。著者は「シックスセカンズ・ポーズ」を紹介した上で、より有効な方法として「ラベリング」を勧めています。(6)
「怒り」「嫌悪感」「怒っている」とサティを入れて言葉確認(ラベリング)することにより、怒っている状態が対象化され、一瞬のうちに怒りを止めることができます。
『人生の流れを変える瞑想クイック・マニュアル―心をピュアにするヴィパッサナー瞑想入門』
サティとは、著者の地橋 秀雄氏の言葉を借りると「いまの瞬間に気づくこと」。この瞑想法は、自分の「いま」の言動や感情を言葉にしていくことで、よけいな考え(雑念・妄想)を切り離していきます。
わたしもさっそく試してみました(子どもたちのおかげで、情動が呼び起こされるネタには事欠きません)。たしかに自分の感情状態が客観視できそうですし、感情をあらわす言葉を選ぶのに時間がかかったりすると、それはそれで「やり過ごし」の効果も享受できます。奥の深い世界もあるのでしょうが、これだけのことであればたいして練習も要りません。
この「ラベリング」によって脳に起きる変化を測定した実験がありました。感情を言葉にすると、扁桃体(情動の処理を行っている脳の部位)の反応が小さくなったとのこと。実験を行った研究者はこのように述べています。
私たちは、mindfulになるほど(「いま」に意識を向けるほど)右の腹外側前頭前皮質が活発になり、扁桃体が不活発になることを発見しました。
感情的な経験を言葉にすると、言葉で考えるための部位(右の腹外側前頭前皮質)が活発になる。このことが扁桃体の活動を抑制するようです。
“The Science of Mindfulness Meditation“(私訳)
EI(EQ)理論でも、自分(や他者)の感情を正確に理解することは、感情に関する諸能力の基礎として重視されています(「感情の識別」)。
会話の中で6秒間の間を作るのははいかにも長いですが、待つだけで確実に効果があります。ラベリングはさらに積極的に扁桃体の活動を鎮める効果があるようです。同時にEI(EQ能力)の開発にもなります。試すに値する知識ではないでしょうか。