快楽中枢の発見は間違いから
1950年代、OldsとMilnerは、ラットの中隔領域に電極を挿入し、ラットがレバーを押すことで電気刺激するという実験を行ったところ、摂食や飲水もせずに押し続けるという行動がみられた。これにより、この領域が脳の「快楽中枢」であることが示唆された。
側坐核 – Wikipedia
米ヤーキス国立霊長類研究センター教授マイケル・クーハー博士は、著書『溺れる脳』で、この発見が間違いからもたらされたものであったことを教えてくれています。それによれば、両氏は『網様体とよばれる脳部位の電気刺激により、ラットの学習速度が上がるか否かを調べていた』そうです。
実験の目的も刺激する部位も、まるで異なっています。それがなぜ快楽中枢の発見につながったのか。著書から抜き書きしながら、間違いに学ぶステップを取りだしてみたいと思います。
1. 小さな違いに気づく
この研究中、短時間の電気刺激を与えたラットのなかに、ケージ内でその刺激を受けた場所に素早く戻るラットがいることに気づいた。
同じ刺激を与えたのに、特異な行動をとったラットがあった。当初の実験がどのようなものであったかは書かれていませんが、これは本来の実験とは関係ないところでの行動だったと思われます。それでもなぜか、偶然を発見に変える人はこの違いに気づきます。
2. 違いの意味を考える
これは、電極が埋め込まれている脳部位の刺激に関して、何かしら正の(好ましい)報酬効果や強化効果があったことを示唆している。
その気づきから、意味を考えています。
3. 違いの理由を探す
驚いたことに、この行動を取るラットで、電極を埋め込んであったのは、網様体ではなく、中隔野とよばれる別の部位だった。電極を埋め込むべき部位が間違っていたのである。
ここで間違いが発覚します。「網様体への電気刺激による学習速度の変化」という目的からすれば意味のない実験だったわけですが、彼らは他のメカニズムを発見したことに気づきました。
4. 違いを証明する
彼らは直ちに元の実験計画を中止し、この電気刺激の報酬効果と強化効果の研究を行うことを決めた。
そこで当初の目的を捨て、発見した違いを追いかけるほうへと舵を切りました。
間違いに学ぶ
Wikipediaには淡々と書かれていた発見の背後に、こんなドラマがあったとは。わたしも、自慢になりませんが、間違いには事欠きません。せっかくなら何かそこから発見できないものかと思い、間違いに学ぶためにどうすべきかを考えてみたいと思います。
1. 期待を明確にしたうえで、虚心に観察する
彼らの発見で驚嘆すべきは、まず最初にラットのふるまいの違いに気づけたところです。違いとは、期待(こうなるはずだ)と現実の差異、あるいは期待の及ばないところでの特異点としてわれわれの前に現れるはずです。そういった違いを見つけようというメタな期待を持つことが、まずは必要そうです。
2. 間違いではなく違いと見なす
結局、ラットの特異なふるまいは実験の間違いから生じていたわけです。が、「間違い」は善悪の判断を伴った言葉です。しかし、彼らはその間違いとその結果を「違い」として捉え続けられています。間違いは正さねばなりませんが、違いは単なる違いです。だから新しい意味を探ることができました。
(参考:「無記(善くも悪くもない)」)
3. 発見へと舵を切る
最後に、研究テーマを変えるという英断がありました。1.では違いに気づくために期待を明確にすることを自分に課しましたが、当初の期待に固執してはいけないということでしょう。当初の期待は、何かを発見するために仮に置くものくらいに考えられるとよいのかもしれません。
(参考:「発見こそが戦略である」)