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コンセプトノート

521. 自己コントロールの科学

意志とは自己コントロール

あなたの考える成功とは何だろう。(略)何にせよ、それを成し遂げるには、二つの資質が必要とされる場合が多い。心理学的に、人生で「うまくいく結果」を予見させる資質を探ると、必ずその二つに行き着く。それは知能と、自己コントロール能力である。今のところ知能を高めて維持する方法は、専門家にもわかっていないが、自己コントロール能力を高める方法は見つかっている。

WILLPOWER 意志力の科学』という本の、最初の段落からの引用です。

成功をもたらすものは二つしかなく、一つは変えられない。でももう一つは、変えられる。牽引力のある書き出しをメモしておきたいと思い、少し長く引用してしまいました。本書は、心理学者のロイ・バウマイスターとジャーナリストのジョン・ティアニーによる共著。この書き出しはきっとジャーナリストが考えたのでしょうね。

そもそも、意志力とは何か。本書での定義は、次の4つをコントロールすることです。

  1. 思考のコントロール
  2. 感情のコントロール
  3. 衝動への対応のコントロール
  4. パフォーマンス・コントロール(そのとき取り組んでいる作業にエネルギーを集中させ、やり通す)

本書では人間の自己コントロール能力について面白い研究結果が数多く紹介されています。このノートでは読書メモを兼ねて、「よりよい自己コントロールのためにはどうすればよいか?」という観点からまとめ直しておきます。

自己コントロールのために

1. できるだけ意志に頼らない

バウマイスター氏の研究成果としてもっともよく引用されるのは「意志力は消耗する」という知見ではないでしょうか。氏は、意志力が容易に消耗するエネルギーであることを見出しました。意志(自己コントロール)の力は使い続けることによっても低下しますし、脳の活動であるがゆえにグルコース濃度の低下によっても低下します。また「意志力の源は一つ」のようです。たとえば、衝動を抑えていると、思考のコントロール力が下がってしまいます。

これらの知見から言えるのは、意志力は貴重なリソースなので注意深く配分すべきということです。鋼の意志力に期待するよりは意志力に頼らないアプローチを設計するほうが、自己コントロール力を高めるうえでは有効そうです。

※ 本書では、意志力は筋肉のようなもので使えば消耗する一方で鍛えることもできる、と書かれています。ただ、鍛える方法についてはそれほど詳しく書かれているわけではありません。

2.注意深くルールを定める

意志力に頼らないアプローチとは、行動のルールをあらかじめ決めておくことにほかなりません。本書では「プリコミットメント」(事前拘束)という方法を紹介しています。意志力が消耗すると感情のコントロール力も弱くなってしまうので、事前に「これだけはやる/やらない」と自分に誓っておくということです。五戒、五訓といった行動規範がプリコミットメントの好例でしょう。思考や感情のコントロール力が弱まったときに頼る誓いですから、よく吟味して納得できたものでなければなりません。

著者らはもうすこし具体的な行動ルールを「明確な一線」と呼んでいます。たとえば『ビュッフェなら野菜と赤身の肉だけを食べる』『一つの仕事が終わるまでは、代わりのことをやらない』など。後者は作家のレイモンド・チャンドラーが執筆に際して守っていたルールとのこと。1日最低4時間と決めた執筆時間の枠内では「書かなくてもよいが、書く以外のことはしない」と決めていたそうです。著者らはこれを『どんな種類の作業の先延ばしにも効果を発揮する、単純だが驚くべきツールだ』と評していました。

ただし、「明確な一線」を引けば何でも守れるというわけではありません。「甘いものは絶対に食べない」と考えた人よりも「今は食べないけれど、後で食べよう」と考えた人のほうが、後でそれを食べる機会を与えられたときに食べる量が少なかったという実験があります。著者らはこの実験を次のように解釈しています。
『「これはあとで食べられる」と自分に言い聞かすことが、頭の中では、実際に食べるのと似た働きをすると示唆される。ある程度、欲求を満たすことができるのだ。』

おそらく「甘いものは絶対に食べない」というのは、それに従うために大きな意志力を使ってしまうような無理のあるルールなのでしょう。上記のように上手に自分の脳をごまかすことも含めて、守りやすいルールを設定する必要があります。

3. こまめな計画・報酬・記録でひっぱる

やりかけのことは、頭から離れない。心理学者からはザイガルニック効果と呼ばれているそうです。現在の作業に意志力を注ぐうえでは有益な効果ですが、やりかけの仕事を複数抱えていると逆効果になります。そして誰でも、仕事・家庭を含めてやりかけの仕事を多数抱えていますから、誰でもザイガルニック効果に悩まされていると言っていいでしょう。
幸い、やりかけの仕事であっても計画を立てるだけで頭から追い出せます。これを徹底したアプローチとしてデビッド・アレンのGTDが紹介されていました。

計画するときには、ごほうびも用意しておくこと。報酬は、自己コントロール能力を高めるたしかな戦略として評価されています。

計画を実行するときには、こまめに記録をつけること。記録は自分の励みになります。また記録を仲間に公開することで、集団の力を借りられます。