スピーチライターは一人
トニー・ブレア英国元首相のスピーチライターを務めたフィリップ・コリンズの著書を読みました。良いスピーチやプレゼンテーションを、書き手の立場から論じています。
そのなかで、スピーチは一人の人によって書かれるべきというくだりが印象に残りました。コリンズ氏は『より多くの人がスピーチ・ライティングのプロセスにかかわってくるほど、優れたスピーチにはなりづらい』と言い、史上最も有名なスピーチライターであろうテッド・ソレンセンの言葉を引用しています。
これについてはジョン・F・ケネディ元大統領のすばらしい演説のほとんどを書いたテッド・ソレンセンがわかりやすく述べている。「スピーチの相談をする相手を広げても、結局は一人の人がペンを走らせねばならない……原稿の大胆さや力強さはかかわる人数に反比例する」。
なぜ、そうなのか。多くの人がかかわると、トピック(本書ではスピーチの核となるテーマおよびそれに対する主張という意味合い)がぼやけるからです。氏は、スピーチライターは『スピーチを書くプロセスにかかわる人々と距離を保ち、彼らの提案を却下する権利を持つ必要がある』とまで書いています。
事業を興すのも一人
多様な視点を採り入れれば採り入れるほど、論点は総花的、主張は八方美人的になり、結果としてスピーチは凡庸になる。「スピーチ」のところに「事業アイディア」という言葉を入れても成立するなと感じました。
以前に出入りしていた企業では、社員から事業化のアイディアを募集する試みがありました。社員が思いついたアイディアを発表をし、見込みのありそうなものを絞り込み、ブラッシュアップしていく仕組みです。
コメントを寄せる人々も心得たもので、いきなり実現可能性が低いとかお金がかかりすぎるとかいう理由で否定することはありません。「こういうユーザーのことも考えた方がいい」「後々のスケールアップを考えると、ここから始めた方がいい」といった、提案者の気づかなかった視点を提供してくれるコメントを出してくれます。
ただ、そういった善意のコメントをこまめに反映していくと、結果として「よさそうだけどお金を払うほどではない」ようなアイディアにまとまってしまいます。わたしの知るかぎり、その会社で事業化にこぎ着けて今でも続いている事業は一つです。やはり一人の人がこだわって守り抜き、命名から運営までを任された事業でした。
意思決定のストーリーをつくる
考えてみると、事業アイディアもある種のストーリーです。もちろん定量的な根拠づけは試みるものの、不確かな未来に向けて興す企みですから限界があります。結局は、その担い手が語るストーリーに説得力がなければ、誰も経営資源を提供しようとは思えないでしょう。意思決定を促すプレゼンテーションにストーリーテリングの手法が採り入れられているのも、もっともなことです。
既存の事業の一部を担う意思決定者もまた「多くの人が関わるほど、ぼやけていく」現象に注意を払うべきでしょう。衆知を集めることと決めることとは、別のプロセスなのです。
ふつうは意思決定が先にあり、決めたことを周囲に伝えるためにスピーチやプレゼンテーションの内容を考えます。しかし両者を同時に考えることで、自分にも周囲にも説得力のある意思決定のストーリーが作れそうです。
たとえば、ある事業を始める意思決定をするとします。仮にやると決めると、どんなスピーチになるか。そのスピーチに説得力を持たせるために、どんな根拠が必要か。そのように考えれば、意思決定に必要な情報が見えやすくなります。
ある程度情報が集まった時点で、反対の立場でスピーチを構想してみます。乗り気だった部下に、やらないと決めた理由をどう伝えるか。こちらのスピーチを支えるためには、また別な情報があるでしょう。
自分としては、どちらのスピーチに熱を込めて話せそうか。過半数の聞き手が反対と言っても揺らがないか。そんなシミュレーションが、よい意思決定へと導いてくれそうです。
最後に、意思決定ストーリーの構成に役立ちそうなリストを2つ紹介します。1つめは内容面のチェックに役立つ、シンプルなもの。
- われわれは今どこにいるか。
- われわれはどこに向かっているのか。
- どうすればわれわれは到達点にたどりつけるのか。
リーダーのストーリーに含まれるべき3つの視点 – *ListFreak
2つめは、コリンズ氏の著書から。
- 【イントロダクション】 目標を設定し、声の緊迫感やトーンを決めて、主張の要点に触れる
- 【ナレーション】 いちばん関係が深い事実を述べる
- 【プルーフ】 自分の主張が優れていることを補強して説明する
- 【反論】 反対意見に反論する
- 【まとめ】 もう一度主張を述べ、感情に訴える締めくくりにする
キケロの説得の五原則 – *ListFreak
2つのリストを合わせれば、「何を」「どう」語るかを考えやすいのではないでしょうか。