ケリー・マクゴニガル『スタンフォードの自分を変える教室』を読みました。いかにも三番煎じな邦題なのでスルーしていたのですが、ふと原題が”The Willpower Instinct”(直訳すれば『意志の本能』)であることに気づきました。willの話であれば読み逃せません。さっそく目を通しました。奥付によれば初版は1年以上も前。ずいぶん長い間見過ごしていたことになります。
大学での公開講座が元になっているというだけあって、意志の力にまつわる著名な調査・研究が、エピソードを交えてわかりやすく紹介されています。さらに意志力を高めるトレーニング方法がこまめに挿入されていて、1章1週間程度のペースで実践できるように設計されています。著者の、学者というよりジャーナリストとしての才能が生かされた本のように感じられました(著者はジャーナリストではありませんが、略歴を読むと大学では心理学とマスコミュニケーションを学んだとあります)。
読書メモとして、本書を読みながら浮かんで来た考えをキーワードごとに書き付けておきます。
注意
自己コントロールを強化するための秘訣があるとすれば、科学が示しているのはただひとつ、注意を向けることがもたらす力です。
(第10章 おわりに)
偶然にも、というか同じような研究を追っていれば同じような結論になるのでしょうが、「意志の源は注意」というノートを書いていました。
長期的には目標を追い続けるために、短期的には気を逸らさないために、瞬間的には情動に気づくために、注意のマネジメントこそが意志力の基盤であるという考えを、本書は強めてくれました。
反動(あるいは中庸の重要性)
要するに、私たちは相反する欲求をもっている場合、よいことをすれば、ちょっとくらい悪いことをしてもいいだろうと思ってしまうわけです。
(第4章 罪のライセンス)
良いことをすると悪いことをしたくなってしまう(第2章)、タバコの警告表示が喫煙を誘発する(第6章)、考えまいとするほどそのことを考えてしまう(第9章)などなど、意図と逆の結果が起きるという皮肉な現象が数多く紹介されています。
押せば押し返されるという意味では、心理学における「作用・反作用の法則」と言ってもよさそうですし、人間の心には平衡状態を保とうとする力があると捉えれば、心理学における「ル・シャトリエの原理」(ちょっとマイナーかも?)と言ってもいいかもしれません。要するに、われわれが強い意志を込めて行動するとき、ある種の反動が必ず生じるものだと想定しておくべきでしょう。著者は意思力を次の3つに分類していますが:
- 【やる力】やるべきことをやる力 (“I will” power)
- 【やらない力】やめたい習慣をやめる力 (“I won’t” power)
- 【望む力】重要な目標を思い出す力 (“I want” power)
意志力の3要素 – *ListFreak
そのそれぞれについて、反動が生じるという研究があるようです。たとえば「やる力」で言えば、「環境に配慮して高いLED電球に換えたんだから、少しくらい暖房の温度を高めに設定してもいいだろう」といった具合です。
想像
将来のことを思い描けずにいると、私たちは誘惑に負けたり物事を先延ばしにしたりしてしまう。
(第7章 将来を売りとばす)
先述のように、著者は「望む力」を意思力の一つと見なしています。また「意志力に最も大切な3つのこと」として、自己認識、セルフケアに加えて「自分にとって最も大事なことを忘れないこと」を挙げています(第9章)。
意志を「長期的な望みのために短期的な欲求を制御できる心の力」と定義するならば、「望む力」が重要なのは言うまでもありません。しかし、将来のことを思い描こう、自分にとって最も大事なことを忘れないでいよう、と強く思うと、【反動】にやられてしまいます。
そんなことを思っていたせいか、本書を読みながら繰り返し浮かんできたのは、『自己暗示』で知られるエミール・クーエの「想像力と意志が争えば、必ず想像力が勝つ」という言葉でした。本書では「シロクマのことだけは考えるな」と言われるとシロクマがどうしても頭から離れなくなってしまうという例が挙がっています。同じように、「将来のことを思い描かなければ」と意識の上に乗せて念じるほど、自分が何を望んでいるのかわからなくなってしまいそうです。将来のことを思い描こうとしたばかりに誘惑に負けたり物事を先延ばしにしたりする結果になっては、本末転倒です。
クーエはおどろくほどシンプルな一般暗示(目的を限定しない自己暗示)の公式を発明しました。それは「日々、あらゆる面で、私はますますよくなってゆく」(Day by day, in every way, I’m getting better and better)というものです。意志力強化の取り組みは、このくらい楽観的なムードを基調において進めるくらいがよいのではないでしょうか。