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コンセプトノート

534. 振り返りは数分以内で

数分以内の振り返りが知識の質を高める

「〇〇・シンキング」と題された本の多くは思考の方法をテーマにしていますが、認知心理学者のアート・マークマン教授による『スマート・シンキング ― 記憶の質を高め、必要なときにとり出す思考の技術』は記憶の方法に多くの章を割いているのが印象的でした。教授はチェスの名人の対戦方法の研究を紹介し、こう結論づけています。
『心理学者によるこの研究から明らかになったのは、名人のチェスを左右するものは抽象的な思考能力ではなく、自分の持つ知識の内容だということである。』

知識のベースは記憶です。スマートな思考力の根っこにはスマートな記憶力があります。ところが:

 自分の行動を注意深く見てみると、さまざまなイベントや授業、講義、会議などの記憶を、行きあたりばったりに溜め込んでいることに気がつくだろう。つまり、記憶をコントロールするための戦略にあまり長けていないのだ。

なるほど、と思わされました。本を読んだりトレーニングを受けたりするときは、それなりに記憶して知識に転化しようと思って臨みます。しかしそれ以外の局面では「行きあたりばったりに溜め込んでいる」と言わざるを得ません。溜め込んでいるどころか、家族から「興味のないことはまるで覚えない人だ」と呆れられるほどです。

「記憶をコントロールするための戦略」について、著者は準備、集中、振り返りの3つのフェーズに分けて説明しています。最後の振り返りのところに、またハッとする記述がありました。

授業や会議が終わってから――あるいは、本や記事を読み終えてから――数分以内に、そのときの重要なポイントを書き留めておく。
(太字は引用者による)

ハッとしたのは「数分以内」というスパンの短さです。たしかに重要なイベント、たとえば初めてのお客様向けのファシリテーションを終えた直後は、すぐに振り返っています。しかし、繰り返しになりますが、それ以外の局面では「時間があったらまとめておこう」と考え、結果として振り返らずじまいになり、結局「まあいいか」で終わってしまいます。一つの経験から多くを学ぶ人とそうでない人の違いはこのあたりにもあるのでしょう。

本番直後のメモは感情がゆれ動いていることもあり、小さな失敗にフォーカスしすぎたり、あれもこれも改善が必要と考えたりしがちで、再度まとめ直しが必要なことも少なくありません。それでもやはり経験の直後にしか書けない内容を含んでいる点で、重要な情報です。

会議を続けざまに入れない、というコツ

アメリカで働いていたとき、仲間のコンサルタント2人と3人で日本出張の計画を立てていました。3日間だけ滞在して日本の顧客にヒアリングをして帰ってくる計画です。もちろん多くの人から話を聞きたいので、続けざまにヒアリングのスケジュールを組んでいました。会話を録音させてもらえれば、まとめは帰国してからでもできます。

しかし、仲間の一人が反対しました。彼は、録音はするとしても、ヒアリングの直後にヒアリングと同じ時間だけの空白を作るべきだというのです。彼はその空白の時間で、直前のヒアリングから感じたことを話し合って顧客の問題についての理解を深めようと提案し、2つのメリットを挙げました。

一つめは、ヒアリング相手にするべきだった重要な質問に気がつく可能性があること。その場合にはすぐに追加の質問を投げることができます。ヒアリング直後ならば、相手の頭もホットなので回答してもらえますが、時間が経ってしまうと文脈が失われ、同じ洞察を引き出すのは困難になります。
二つめは、直前のヒアリング内容を咀嚼することで、次のヒアリングで何を聞くべきかが変わること。たしかに、複数の人に同じ質問を投げることにも意味がありますが、統計を取るわけではなく問題を理解するためにヒアリングをするわけですから、得られた情報からよりよい仮説を引き出し、それを検証するための質問をしていくほうが目的にかなっています。

だめ押しとして、彼は、われわれがスケジュールに余裕を持たせなかったせいで聞きっぱなしに終わってしまった、過去の失敗経験を思い出させてくれました。

われわれは彼に同意しました。ヒアリング人数を絞り込み、ヒアリングの直後に振り返る時間と場所を確保したのです。対照実験をしたわけではないので、そうしなかった場合との比較はできません。ただ、その出張が実りあるものになった記憶は残っています。

マークマン教授は、次の会議に向かう間にレコーダーに吹き込んでおくだけでもよいので、直後の振り返りをすることで記憶の質が高まるとアドバイスしています。小さなイベントに対しても「数分以内の小さな振り返り」を差し込んでみようと思います。