体と心を健康にする「栄養」の定義
僧侶(ティク・ナット・ハン)と栄養学の専門家(リリアン・チェン)の共著『味わう生き方』という本を読みました。帯には『「今、この瞬間を味わう」食べ方と生き方で、健康と平和を手に入れる。』とあります。ダイエットの指南書のように見えますが、実は食をテーマとしたマインドフルネスの実践ガイドです。
とても面白いと思ったのは、人間へのインプットをすべて「栄養」ととらえ、食べ物からの栄養はその一つにすぎないという発想です。たしかに、たとえば過食の原因が心にある(欲求不満など)というのに、食事の量を減らすだけのダイエットを試みても、効果は期待できそうにありません。体と心を含めた包括的な健康さ(ウェルビーイング)を保つための「栄養」とは何かと考えてみると、食べ物だけでないのは明らかです。
著者はブッダの言葉をうまく解釈して、「栄養」を次の4つに分類しています。
口から摂る食べ物:たんぱく質、脂肪、炭水化物、ビタミン、ミネラル
感覚からの印象:見る、聞く、味わう、嗅ぐ、触れる、考える
意思:内発的な動機、心の底からの欲求
意識:自らの生活や経験を通して、考えたり、話したり、行ってきた個人的なもの、あるいは先祖から受け継いだ知識や習慣、先天的な才能や社会的なもの
意思決定の栄養
この発想は、自分の研究テーマである「決める」にも敷衍できそうに思いました。というのは、食事の量や質だけをコントロールすればダイエットできるとは言えないように、データの量や質だけにこだわっても良い意思決定ができるとは言えないからです。
先のリストでいう「口から摂る食べ物」は、意思決定でいえば「取り込むデータ」です。重複を承知で、意思決定の栄養をリストにして、目で見てみましょう。
★意思決定の栄養
データ:事実あるいは事実として受け入れた情報
感覚からの印象:見る、聞く、味わう、嗅ぐ、触れる、考える
意思:内発的な動機、心の底からの欲求
意識:自らの生活や経験を通して、考えたり、話したり、行ってきた個人的なもの、あるいは先祖から受け継いだ知識や習慣、先天的な才能や社会的なもの
データには印象が付けられ、意思によって軽重が付けられ、それが意識によって処理されて、次の行動が決められます。習慣となっている行動については、この一連のはたらきはほとんど意識されません。つまりマインドレスネスに行われます。そこに微細な注意を向けて、上のような要素に分けて観察してみようというのがマインドフルネスの実践です。良い(時機を逃さず、後悔の少ない)意思決定をめざすには、必要な訓練のように思えます。
(興味のある方向けの追補)
章末に、この4分類が、いわゆる五蘊(Wikipedia)を著者がくくり直したものであることが述べられています。「口から摂る食べ物」=色蘊、「感覚からの印象」=受蘊+想蘊、「意思」=行蘊、「意識」=識蘊 です。