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コンセプトノート

666. 店長と皿洗いの話

ある個人レストランでの話です。店長が新しいアルバイトのA君に、食器洗浄機から皿を取り出して拭いて棚にしまうよう頼みました。

しかし取り出してみると濡れている皿があります。

「おい、皿が濡れているよ」
「はあ、拭きましたけど」

どこか噛み合わないやりとりを反芻して、店長は気づきました。A君は、指示には従っている。ただ文字通り拭いているだけで、ふきんが濡れてきて皿の水分が取れなくても気にしていないのだと。そのくらい気を回してくれよと思いつつ、店長は言いました。

「ではこう頼もう。皿を乾かして棚にしまってくれないか」

しばらくはよかったのですが、今度は汚れが取れていない皿が出てきました。食器洗浄機を使っても、皿のくぼみなどに汚れが残ることがあります。そういう皿は洗い直さなければなりません。

「おい、ここ、汚れが残っているよ」
「はあ、乾かしましたけど」

乾いていさえすれば汚れていてもいいのか、常識で判断してくれよ、と思いつつ、店長は言いました。

「ではこう頼もう。皿をきれいにして棚にしまってくれないか」

ようやく濡れた皿も汚れた皿もなくなり、しばらくはよかったのですが、今度はあるはずの小皿が見つかりません。棚を整理してみると深皿の間に重ねられていました。店長は考えました。

ここで「おい、皿がバラバラだよ」と言えば、
「はあ、しまいましたけど」と来る。

では「皿の大きさを揃えてしまってくれないか」と頼むか?
いやいや、きっと小皿が奥にしまわれたりするだろう。すると

「おい、皿が取り出しづらいよ」
「はあ、揃えてしまいましたけど」なんてことになる。

そこまで読んで、こう言いました。

「取りたい皿をすばやく棚から取れるようにしまってくれないか」

A君は素直に店長の指示に従いました。ようやくA君も一人前になった、それにしても今どきの若い者は……と、店長は自分の我慢強さをやや誇らしく思いながら、A君の働きぶりを眺めていました。

店長には、同じように個人でレストランを切り盛りしている友人がいて、ときどき一緒に食事をします。友人も同じ時期に同じ媒体に広告を出してアルバイトを採用したので、自然とその話になりました。

そこで友人から語られた新人の働きぶりは驚くべきものでした。皿洗いや収納はもちろん、自分から小さな工夫をしてくれるというのです。たとえば、食器洗浄機から出てきた皿と仕掛かり中の料理を見比べて、すぐ使われそうな皿であれば棚にしまわずにオーブンに入れて温めておくといったことです。こうすれば、皿を完全に乾かす必要もしまう必要もないので、時間の節約になります。

なんと気が利く若者なのか。店長は、こっちはハズレを引いちゃったのかなあと思いつつ、ひとしきり苦労話を披露します。そっちはどんな指導をしたんだいと水を向けて返ってきた答えもまた、店長にとっては驚くべきものでした。

友人がしたのは、基本的には一つだけ。『お客様にできたての料理を召し上がっていただこう』という店のポリシーを繰り返し伝えることでした。皿が濡れていても、汚れていても、「これではお客様にできたての料理を召し上がっていただけない」と伝えたそうです。

さっそく真似してみよう。そう思った店長がヒントを乞うと、友人は自分なりに大事にしているポイントが3つあると教えてくれました。

まず、めざす姿である『お客様にできたての料理を召し上がっていただこう』という言葉のファンになってもらうこと。そのために厨房から店内を覗かせたりしたそうです。次に、本人が自らめざす姿に近づけるように裁量を与えること。最後に、めざす姿からのフィードバックをこまめに与えつつ、徐々にそれを減らすこと。