何も決めないはずの「語らい」が決め手
以前、パートタイムで参画していたプロジェクトで、意思決定プロセスが不透明だと非難されたことがありました。一部のマネジャーが喫煙コーナーや食堂などで長々話し込んでいるうちになんとなく合意が形成されていて、会議の前に既に雰囲気が決まっている、会議が有名無実になっているというのです。声を上げたのはアメリカから参加していたマネジャーでした。
わたしも外から見ていて、彼の言いたいことは理解できました。事前の根回しなどなしに会議だけでスパッと決めるのが理想なのにそうなっていない、という点に問題意識を感じました。その経験から、効果的な会議の進め方やファシリテーションの技術に興味を持ちました。
その後マネジャーとして、さらにマネジャーの意思決定を支援する立場で経験を積むうちに、問題意識の所在が変わってきました。合意形成を目的とした話し合い(議論)が往々にして深刻な対立や強制的な役割分担に帰結してしまうのに対し、合意形成を目的としない語らい(対話)が、結果として深い合意や自発的な行動を促すことがあるのです。
この逆説的なできごとのメカニズムを理解するためには、合意がなされるプロセスをよく考えてみる必要があります。
合意形成に必要だが、ふつうの会議の場にはないもの
相手の主張をよく理解することは、主張のもとになっている根拠を、その根拠を構成している事実と前提を、理解することです。さらには、前提の部分を掘り下げていって「本来はこうなっているべき」という目的意識を、言い換えれば世界観を、理解することです。時に「第三の解」として現れる独創的な合意案は、互いの目的意識を共有できるレベルにまで持ち上げてから考えおろしていくなかで見つかるのだと思います。
しかし、自分の目的意識や世界観といったものは、かならずしもきれいに言語化されていません。言葉にできたとしても、警戒感なしに他人に話すのは難しいことです。自分が大事にしているものの見方を不用意にさらして、批判や攻撃などされたくないと感じるのは自然でしょう。
そのように考えたとき、いわゆる「対話」の役割が明らかになってきたように思えました。よい「議論」のためにこそ、その前段に互いの主張から離れ、互いの世界観を知る時間が必要なのです。
とはいえ、ただフリートークの場を設ければOKというものでもないでしょう。懇親会や雑談でももちろん共有されるものはありますが、議論の準備ができるまでにとても時間がかかったり、大きな個人差が生じたり、感情的にこじれるようなトラブルに発展するかもしれません。
ワールドカフェなど最近注目されている対話的な手法を分析的に考えてみると、そこには注意深い設計思想が背後にあることがうかがえます。
対話を合意形成に活かすためのキーワード
そこで、語らい(対話)を合意形成に活かすためのキーワードをまとめてみました。
1.【対話の役割】 対話に議論の役割を負わせない。よい対話は〈結果として〉議論に代わって合意を導くかもしれないが、それを目的にはしない。
―対話をすべての問題を解決するツールのように見なさない。対話がすべての問題を自動的に収束させるわけでもなければ、議論を不要にするわけでもない。
2.【場の安心感】 (1)誰でも歓迎され、(2)何でも言えて、(3)結果がどうなっても学びがある、と思える場を作る。
―議論の時間を別に取ることで、安心して自分の気持ちを語れる場を作りやすくなる。
3.【意識の共有】 合意を得ることではなく、自分と他者の感情や考えを理解することに集中する。
―他者の話はもちろん、自分の話にも耳を傾ける。話すことで自分の感情や考えが理解できることもある。
4.【問いの意図】 前3項目の要求を満たす問いを立てる。特定の答えや考えを導こうという意図を放棄する。
―各人が深く考えることを助け対話を促進するために、特定の問いを提示することがある。ただし、対決を促すような問いによって場が議論に流れたり、誘導的な問いによって場の警戒感が解けない危険もある。
5.【くりかえす】 過去の決めごとにこだわらず、対話をくりかえす。そのとき浮かんでくる話題が、語られるべき話題である。
―「そもそもどうあるべきか」についての対話が深まるほど「どうやって実現すべきか」についての議論が短くてすむ。そのために、また変わりゆく状況や各人の思いに追随するために、「前に決めたよね」というかたちで発想に制限をかけない(「繰り返し語らうという意志決定スタイル」を参照)。
6.【自律の尊重】 対話の実りは、個々の自発的な選択である。行動しないという選択を含め、その選択を尊重する。
―よい対話は結果として議論を代替する。目的と手段の関係についての深い納得が自発的な行動を促し、議論を不要にする場合すらある。ただし、それは各人の自発性にゆだねたからこそ生じた結果である。対話での発言を根拠にして行動を強制するようなことがあれば、次回以降の対話は成立しない。