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コンセプトノート

553. 実践的知恵の3ゲン則

立ち往生

先日、講義中に久しぶりに「立ち往生」しました。せっかくよい質問をもらったのにうまくさばけなかったのです。

進行が遅れていたので議論を切り上げようとしたところで、Aさんが場に質問を投げかけました。何を言っているのかわかりません。ふだんなら理解できるまで聞き直すのですが、残り時間も短かかったうえに、Aさんの自信満々な態度に気圧されて、ついそのまま受けとめて、表面的な解説ですませて先に進もうとしました。しかしAさんは食い下がってきます。もちろん学び手としては好ましい態度です。しかし、いまさら質問をほぐしていく時間はとてもなさそうだ、どうしたものか……と考えているうちに、継ぐべき言葉を見失ってしまいました。

思考がフリーズというか空転していたのは3秒間くらいです。うまい具合に他の参加者がAさんの質問に対する意見を述べてくれ、それに乗っかって区切りを付けられました。ふだんから間を空けるほうなので、参加者の方は気づかなかったかもしれません。しかし個人的にはショックなできごとでした。このような状況のファシリテーションは、もう10年もの経験を積んでいます。さらにここ数年の「その場力」の研究と実践で、立ち往生しない原則を確立してきたつもりだったのです。まだまだ甘いと思い知らされました。

実践知の父が語っていること

心がゆさぶられると、注意のアンテナの感度が高まります。おそらくはそのせいで、講義の後で目を通していた本の一節が目に飛び込んできました。

たとえば、もし、ひとが「軽い肉は消化がよく健康にいい」ということは知っていても「いかなる肉が軽いか」を知らないならば、このひとは健康を生ぜしめることはできない。それよりはむしろ「鳥の肉が健康にいい」ということを知っている人のほうが、身体に健康をもたらすことに成功するであろう。

要するに、「原則を知っていても、具体的な知識がなければ実践できない」のです。著者はアリストテレス。『ニコマコス倫理学』からの引用です。

アリストテレスの本は分かりづらいので、解説書に頼ります。心理学者のバリー・シュワルツらは、経験がもたらすパターン認識と原則つまり普遍的ルールだけでは、その場で活かせる知恵(実践的知恵)は発揮できないと述べています。

過去の状況とどのように似ているかを意識しないまま、いま直面している状況を理解するのは無理だ。一方で、目下の状況は過去の状況と正確には同じではないという認識なしに、賢明な判断はできない。普遍的ルールと異なり、実践的知恵は状況の細部を必要とするのだ。アリストテレスが言いたかったことはこれだ。

バリー・シュワルツ他『知恵―清掃員ルークは、なぜ同じ部屋を二度も掃除したのか

いま直面している状況を理解して、どう行動に活かすのか。わたしの理解では、原則(ルール)や経験(パターン)を破るべきかどうかの判断基準として活かすのです。

ルールやパターンを持たなければ、素早い判断はできません。しかしそれらに寄り掛かりすぎて観察を怠ると、例外に足をすくわれます。ルールを研ぎパターンを蓄えながらも、状況に応じてルールを曲げパターンから逸脱できるのが、実践的知恵というものでしょう。冒頭で紹介した失敗も、しっかりAさんの表情やトーンを含めて観察したうえで対応を決められていれば、きっと防げたはず。次の現場で再挑戦です。

せっかくですから、今回の学びを箇条書きにまとめておきます。

〈実践知を発揮するための3つのゲン〉

  • 【現場経験】 現場経験と反省のフィードバックループを重ね、パターン認識力を磨く
  • 【原則】 望ましい思考行動のポイントをルールとして言語化する
  • 【現在への集中】 現在場で起きていることをよく観察し、ルールやパターンが示す結論に従うべきか、逸脱すべきかどうかを決める