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コンセプトノート

500. 奇人的幸福

奇人は幸福である

イギリスの神経心理学者デイヴィッド・ウィークスらは、調査の結果、ある集団が平均よりも知的で、創造的で、健康で、長寿であることを発見しました。さらに証明こそできなかったものの、幸福でもあるという確信を得たそうです。

その調査報告が『変わった人たちの気になる日常―世界初の奇人研究』です。原題は”Eccentrics”。エキセントリック(な人)、変わり者、奇人、変人、いろいろ呼び名はありますが、ここでは「奇人」に統一します。

奇人とはどんな人か。定義に代えて、著者が観察によって見いだした特徴を引用します。『このうち最初の五項目はもっとも重要であり、ほとんどすべての奇人に当てはまる』とのこと。

  • 非同調的、すなわち一般の社会規範にしたがわない。
  • 創造的。
  • 好奇心に強く駆りたてられる。
  • 理想主義的。世界をより良いものにし、世の人びとをより幸福にしたいと思っている。
  • 一つあるいはそれ以上(ふつうは五つか六つ)の趣味に没頭している。
  • 自分が風変わりであることを幼いころから自覚している。
  • 知的。
  • 自分は正しくて世間こそが歩調を乱しているのだと信じこみ、自説に固執し、ずけずけとものを言う。
  • 競争心がなく、社会からの励ましや力添えを必要としない。
  • 食習慣や生活様式が変わっている。
  • 他人の意見や交友にはとりたてて興味を示さない。ただし、かれらを説き伏せて自分の――正しい――見解を認めさせようとする場合は別である。
  • お茶目なユーモアのセンスをもっている。
  • 独身。
  • たいてい長子かひとりっ子。
  • 単語の綴りをよくまちがえる。

奇人の特徴*ListFreak

独身や長子といった属性を除き、行動をみて「生きづらそうだ」と思ったならば、それはあなたが奇人ではないからでしょう。そもそも、このリストの源となった調査対象は1万人に1人の出現率で、近所の有名人の域を超えているような「大奇人」です。

奇人の研究書という奇書を手にしたきっかけは、哲学者ウィリアム・B・アーヴァインの『欲望について』でした。この本には「エクセントリック=変わり者」という一章がわざわざ設けられており、そこで本書が引用されていたのです。

なぜ欲望について考える哲学者が奇人に興味を持つのか。著者は
『彼らが欲望一般の抑制に成功したからというのではなく、社会的欲望――まわりの人々の賛嘆を手に入れたいという欲望――を、かなりの程度まで抑制したから』
と述べています。そしてそのことが、ウィークスが見いだした「奇人は幸福である」ことにつながっていると考えているようです。

※先に進む前に一点確認。彼らが注目した奇人は精神疾患を煩っていた人たちではありません。ウィークスは『標準的な診断テストの実施によって、実のところ奇人たちの精神的健康(メンタルヘルス)の総合レベルは一般の人より高いという事実を発見した』と述べています。また、収集癖は分裂病患者にも奇人にも見られる行動ですが、著者はその行動の帰結の違いに着目しています。
『一方は反動的で、自分自身にも他人にもストレスを生み、他方は創造的で、喜びを与える。』

社会的欲望を満たすために、われわれは物質的欲望を持ちます。物質的欲望を満たすために、われわれはおカネを欲します。いったんおカネを得て社会的欲望が満たされると、それを維持する欲望、さらにはもう一段高い社会的欲望が生じます。このようにわれわれは欲望を追いかけて暮らしています。
一方で奇人は、根源的な欲望である社会的欲望が低いので、そこから生じる多くの欲望から自由です。だからストレスが少ない。ストレスが少ないから免疫システムが健全になり、健康と長寿を享受する。どうやらそんなメカニズムがあるようです。

奇人に幸福に生きるコツを学ぶ

奇人の特徴リストに「自分が風変わりであることを幼いころから自覚している」という項目があります。ウィークスの研究によると、奇人は生まれつき奇人であり、後天的に奇人的な人生観を獲得するのは難しそうです。

とはいえ、彼らの行動から学べることもあります。以下に、主にアーヴァインの著書から読み取れる、奇人的幸福を追求するコツをまとめてみます。
大きく、どのような生き方を選択するか/その結果社会的欲望の危機(批判・蔑視・疎外など)が起きたときにどうするかという観点で二分できそうですので、これを予防/対処軸とします。
それぞれに積極的/消極的な取り組み方がありそうですので、簡単なマトリクスとして、各象限に名前を付けました。

              予  防              
  ┏━━━━━━┯━━━━━━┓  
  ┃            │            ┃  
  ┃    秘匿    │    公言    ┃  
消┃            │            ┃積
極┠──────┼──────┨極
的┃            │            ┃的
  ┃  受け流す  │  ユーモア  ┃  
  ┃            │            ┃  
  ┗━━━━━━┷━━━━━━┛  
              対 処              

公言=積極的予防とは、奇人的生き方を公言することです。人付き合いを減らしたいとか、二次会なんて時間とお金の無駄だとか、自分の価値観を正直に告げる道です。これは奇人ならぬ身には難しいし、リスクも大きい。予防になるかもしれませんが、無用な批判を浴びるかもしれません。

秘匿=消極的予防には、大きく二通りの道があります。一つはアーヴァインが「低姿勢エクセントリック」と呼ぶ道。他人を批判したりして脅威を与えないように注意しつつ、自分のやりたいようにやる生き方を模索します。もう一つは「雌伏」とでも呼ぶべき道。リスクが小さくなるまで、社会に順応して生きることです。アーヴァインは『女性のエクセントリックは、結婚してコドモを育て終えるまでは世間に順応していることが多い。子供たちが巣立ち終わった段階で、ようやく他の人々と違って生きるという贅沢を自分に許すのである。』と述べています。

以上は、社会的欲望の危機が来る前にできることでした。次の二つは、実際に危機が訪れたときにどう対処するかという話です。

ユーモア=積極的対処とは、たとえば付き合いの悪さをからかわれたときに、機知に富んだ回答をするということです。奇人の特徴リストにもユーモアの項目があるように、奇人は往々にしてこれが上手らしいです。アーヴァインは批判を社会的暴力と呼び、ユーモアのメリットをこう述べています。
『もしここで、自分を笑いとばすこつを学ぶことができるなら、私たちがこの種の社会的暴力の犠牲になる機会は少なくなるのである。』

受け流す=消極的対処は、文字通り。これができれば苦労はないよ、というところですね。アーヴァインは、心の中でこう唱えればよいと述べています。
『「この人の人生が価値あるものなら、それを生きることに熱中して、私を批判する時間などあるはずがない。今ここで彼の批判を真剣に受けとめたなら、私の人生も同じように、生きる価値のないものになってしまう。」』

最後にウィークスの本に戻ります。『奇人とは、人生の無限の喜びを受けとり、自分の理想に背くことを拒む極端な男女である』という彼は、最終章で次のような奇人礼賛とでもいうべき文を書いています。

ほかのどんな種も、環境、すなわちそれがたまたま生まれ落ちた場所に黙ってしたがうことで適応している。対照的に、人間は自分の状態をみずから選びとるのであり、その選択は自分自身のためである。奇人は、自由選択という人間の基本的な特権を受け、それを限界まで行使する。自分の生きたいように生きるという基本的な権利を、かれらはたえまなく主張し、重ねて主張する。