(530. 変化は一口サイズから(1)より続く)
習慣づくりのEAT
今回は、特定の行動を習慣づけることの難しさをあらためて学ぶ機会となりました。
チャールズ・デュヒッグ『習慣の力』によれば、習慣は欲求を原動力とした「きっかけ→ルーチン→報酬」のループです。今回の経験を振り返り、確実に習慣ループを回し始めるための注意事項をまとめておきたいと思います。名づけて「習慣づくりのEAT」。
EMBED it into daily routine】毎日のルーチンに埋め込む
「きっかけ」を新しくつくろうとせず、既存の毎日の習慣を活用するということです。
「きっかけ」を新しくつくるのが難しい理由は、「きっかけ」がどのように生まれるかを考えればわかります。
ある行動Xに対して報酬Yが得られたとき、そのときの状況Zがわれわれの経験データベースに刻まれます。すると後日Zに似た状況に置かれたときに、(意識下で)報酬Yを求めて行動Xへの衝動が起きます。「きっかけZ→ルーチンX→報酬Y」という習慣の誕生です。
つまり、できあがった習慣を観察すると「きっかけ」から始まるように見えますが、実際には報酬が得られてはじめて確定する要素なのです。
スキルトレーニングのような、すぐには得られない報酬を求めた習慣づけにおいては、特定の状況が「きっかけ」として機能するまでには長い時間がかかります。Aさんも、将来的には
Z「今日はモヤモヤした」→X「感情日記に書き出してみる」→Y「すっきりする」
という習慣がつくかもしれません。しかし最初は、報酬Yを感じ取れないなかで、Z(モヤモヤしたこと)をX(日記を書くこと)のきっかけとして機能させるのは難しいでしょう。
そこで、最初からZを決め付けず、とにかくX→Yの経験値を上げればよいと考え、既存のルーチンをZ’(仮のきっかけ)に採用します。
Aさんの場合、Z「毎晩、寝る前に」→X「日記を書く」というプランでしたが、習慣がないなかでZという新しい「きっかけ」が機能するとは思えませんでした。そこで既存の習慣を探した結果、「退社時にマグネットを動かす」という既存の習慣をZ’(仮のきっかけ)として採用しました。ルーチンも、Z’に連動して実行できるよう、日記でなく〇×程度のメモ書きでよいことにしました。
Z’(マグネットという既存のルーチン)→X(感情メモ)→Y(?)
やがてAさんにとってのY(報酬)がはっきりしてくれば、自動的にZも定まります。たとえば、感情メモをつけた(X)ことで多少気持ちが整理できた(Y)という経験が重なれば、そう感じたときの状況、たとえば「モヤモヤしたとき(Z)」も自動的に記憶されます。
すると、やがて「モヤモヤした」という心理状態が「きっかけ」となって、ちょっとメモしてみるかな(Y)という「ルーチン」が発動します。こうなればもうZ’に頼る必要はないでしょう。
ACT without expecting quick wins】成果でなく行動に焦点を当てる
無報酬でも繰り返せるくらい小さな「ルーチン」から始めるということです。これは先述のように、インスタントな報酬が当てにできないという前提から来ています。
TRACK records and observe internal changes】記録し、変化を感じとる
行動の記録は、それ自体が報酬になります。さらにときどき記録を振り返ることで、どんな変化があったかを感じ取るきっかけになります。
Aさんが始めた行動は、次のようなものでした。
Z’(マグネットという既存のルーチン)→X(感情メモ)→Y(?)
AさんのYに対する期待は「自己認識力の向上」でした。しかし実際に何が得られるかは、やってみないとわかりません。期待に添った結果が出たから成功、出なかったから失敗と捉えずに、自分の変化を観察してみることで、思いがけない成長を実感できることが多いと思います。
たとえばCさんは先述したように自主性の向上をテーマとして掲げていました。しかし、3ヶ月取り組んで再度測定してみたところ、残念ながら自主性の向上を示すデータは取れませんでした。一方で、自分の心の動きを調整しようとする行動が増えていたことがわかりました。
会議などで自分の意見を主張したいと思って過ごしてきた3ヶ月間は、無駄ではなかったのです。結果としての自主性スコアには変化がありませんでしたが、意見を言おうとする心の準備運動はできるようになっていました。これは自己コントロール能力として、衝動に耐えたりする力にもつながります。もしCさんがAさんが試みているような感情メモをつけたとしたら、その変化は感じ取れたと思います。