行動遺伝学の3法則
勉強会の課題図書『パーソナリティと感情の心理学』に、「行動遺伝学の3法則」を見つけました。行動遺伝学とは遺伝と環境が人の行動特性に及ぼす影響を調べる学問です。
(ちなみに、どうやって調べるかというと;たとえば一卵性双生児は同じ遺伝子を持って生まれ、通常は同じ家庭(共有環境)で育ち、違う友人グループ(非共有環境)を持ち、違う行動特性を示します。このような、遺伝子-環境-行動特性の比較が可能な人々のデータをたくさん集めて分析するようです)
その3法則とは。
- 遺伝の影響はあらゆる側面にみられる
- 共有環境の影響はまったくないか,あっても相対的に小さい場合が多い
- 非共有環境の影響が大きい
「親は子供に(遺伝子以外の)影響を及ぼせず、子供は親よりも友人の影響を強く受ける」という結論が導けそうです。念のため、著者が引用していた参考文献(1)からの直訳はこんな感じでした。
- 第1法則 人間の行動特性はすべて遺伝的である。
- 第2法則 同じ家庭で育った影響は遺伝子の影響よりも小さい。
- 第3法則 複雑な人間の行動特性に見られるばらつきのかなりの部分は、遺伝子や家庭の影響では説明されない。
行動遺伝学の3法則 – *ListFreak
共有環境(家庭など)の影響が皆無というわけではないものの、人の行動特性に影響を及ぼすのは、非共有環境>遺伝子>共有環境 の順であるという点は同じです。
受動/能動/誘発
遺伝と環境の関係について、他の箇所に書かれていた次の文に目が引かれました。
『遠藤(2005)は遺伝と環境の関連の仕方には受動的結びつき、誘発的結びつき、能動的結びつきの3種類があるとしています。』(2)
「二者択一(に見えるもの)に加えられた第三要素」の収集家としては、受動的と能動的というペアに誘導的という要素が加わっているのが魅力的でした。
遺伝と環境が受動的あるいは能動的に結びついているというのはどういう意味合いか、本書から引用します。
『受動的結びつきとは,親と子は遺伝子の50%を共有しているため,親が自身の遺伝的特質に沿って構成した環境は結果として子どもにとっても適合度の高いものになるというものです。』
『能動的結びつきとは,遺伝的特質に適合した環境を自ら選択または構築するというものです。』
そして誘発的結びつきとは
『誘発的結びつきとは,遺伝的特質に沿って発現した行動が環境からの反応を引き出し,環境からの働きかけによって遺伝的特質が強化されるというものです。』
遺伝と環境は互いに影響を与え合うという意味では、誰もが言っていることかもしれません。ただ「誘発」という言葉のニュアンスが、遺伝と環境の相互作用をよく捉えていると感じました。
小さく試し、何が誘発されるか?をよく観察する
環境を受動的に受け入れるか、能動的に環境に働きかけるか。キャリアでいうと「(与えられた)仕事を好きになる(あるいは受け入れる)」か「好きなことを仕事にする」かという話があります。
現実はその二者択一ではなく、動的な均衡が保たれている状態でしょう。多くの人が、好き嫌いを超えて日々の仕事をこなしています。やっているうちに好きになる仕事もあります。一方で、異動・参画・転職などの機会があれば「好き」なほうへと動くべくその機会を活かそうとします。
「誘発」とは、そういう動的な均衡状態にある系にちょっとした刺激を与えて、それに対する反応が連鎖する様子を指しています。しばらくすると元の均衡状態に戻るかもしれませんし、場合によっては新しい状態に遷移するかもしれません。
個人でいえば現職に留まるか転職するか、企業でいえば現在の事業ドメインに留まるか新しいドメインに移るか、そういった受動か能動かの二者択一に見える意思決定において、誘発という言葉を思い出せるとよさそうです。打診、布石、ミニ・チャレンジ、お試し、何と呼んでもいいですが、そういった小さな刺激で環境に問いかけ、環境からの反応を注意深く観察し、選択的に受け入れる。その連鎖が、案外と大きな変化へと導いてくれるかもしれません。
(1) Turkheimer, Eric. “Three laws of behavior genetics and what they mean.” Current Directions in Psychological Science 9.5 (2000): 160-164.