一を聞いて十を知る……うち九は妄想かも
問題解決の流れを学ぶセミナーで、他の人の問題をヒアリングするというワークをやります。まず、グループの中の1人が相談者となって自分の問題(組織内のコミュニケーションがよくないなど)を挙げます。次に、ヒアリングタイムという10〜15分間の枠を設け、他の人がその問題を具体的に理解するために相談者に質問をします。何をどう聞くかについては、あらかじめ練習しておきます。最後に、アドバイスタイムを5分間ほど設けています。ここでは質問した側が「聞きながら思ったこと」を相談者に自由にフィードバックします。
今週も、それを実施する機会がありました。ヒアリングタイムは、やや沈滞ムードです。しかしアドバイスタイムに移ると、とたんに場が賑やかになりました。人が話を聞きながら思うことの多さに、あらためて驚かされます。そんな様子を観察していると、ヒアリングが沈滞していたのは学びたての質問法を駆使するのが難しいだけでなく、頭に浮かんできたことを口に出さないでおくのにエネルギーを使ってしまうからだと感じます。
アドバイスタイムでフィードバックされる内容のトップは問題の解決策について、つまりこうすればいいじゃないかという話です。2番目は問題の原因について、つまりこれが悪いんじゃないかという話です。問題は、まず何が起きているかをよく理解して、原因を突き止めて、その原因を解消するための解決策を考えるのが王道で、一足飛びに原因や解決策を考えるのは妄想だという話は冒頭でします。するまでもなく、参加者の皆さんはご承知の話です。それでもやはり、話を聞くやいなや、すごい勢いで妄想がふくらんでしまうのです。一を聞いて十を知るといいますが、ふくらんだ九は、あらかた妄想なのかもしれません。
十を聞いて一を知る
こと問題解決に限っていえば、一の事象から十の原因(、さらには百の解決策)を思いつくよりも、十の事象を見聞きし、それらを生じせしめている一の原因をよく考えた方が、無駄がありません。それなのにわれわれは、二つ三つの出来事を聞いて、それらを説明できそうな原因やそれらを解決できそうな策を思いついた瞬間、そちらに注意を奪われてしまいます。
実のところ、問題を理解するだけならばアドバイスタイムは必要ありません。問題の原因や解決策について相談者に予断を与えるという点でむしろデメリットです。しかし、この時間がないとヒアリングタイムにアドバイスが流れ込んできてしまうことを、経験から学びました。
回によっては、後でアドバイスの時間があると知りながら、聞くだけの10分間が我慢できず、アドバイスを始めてしまう人が続出します。巧妙にも質問の体裁をとったアドバイス(こうすればいいってことじゃないですか?)をする人もいます。
今回の参加者の皆さんはよくこらえ、ヒアリングに専念してくださいました。そのおかげで、原因追求につながる重要な事実が発掘できたグループもありました。
あるグループの相談者が挙げたのは、職場で世代の異なる人同士のコミュニケーションがうまくいっていないという問題でした。この短い言葉だけで、頭の固い年長者と礼儀知らずの若者との断絶といった妄想がふくらんでしまいます。しかしこのグループでは、コミュニケーションの内容、関わっている人、うまくいかなくなった時期などについて、事実をしっかり聞き出しました。うまくいっていない事象だけでなく、どこまでならうまくいっているのかという点の確認にも目を向けました。
その結果、仕事以外の場面でのコミュニケーションはうまくいっている(したがって仕事上の情報共有のやり方を整えれば問題は解決する見込みがある)ことや、よきまとめ役だった中堅社員Aさんの異動があったことなどが分かりました。そして、ヒアリングタイム(とアドバイスタイム)を終えて問題の原因を考えていったところで、このAさんの存在(というか不在)がクローズアップされてきました。Aさんは相談者の想像以上に肩書き以外の役割を担ってくれていた、つまり組織内のコミュニケーションを円滑にするという仕事をしていたことが浮き彫りになってきたのです。
もちろん情報源である相談者にとってはすべて既知の情報です。しかし相談者は当事者であるがゆえに情報を整理しきれなかったり、問題意識が強いために事象の因果関係を客観視しづらいことがあります。このグループでは、仲間ががまんづよく十を聞き、その背後にある一を見つける手伝いをしてくれたおかげで、相談者は起きていることの因果関係が俯瞰できるようになり、問題解決の糸口も見えてきました。